2014年10月26日日曜日

次回の学習会は10月29日(水曜日)です。


次回の学習会の予定は以下の通りですので、よろしくお願いします。

次回学習会(駒場祭に向けた学習会)

日時:10月29日(水曜日)18:30

場所:キャンパスプラザB312(部室)

※なお、部室(キャンパスプラザB棟)へのアクセスについては、下記のリンク先の地図を参考にしてください。


事前の申し込みは必要ありません。直接、会場(部室)までお越しください。

 内容:社会保障について

(より具体的な内容は、当日に報告者から発表されますので、ご了承ください。)

なお、今後の学習会の際には適宜、学習会後に駒場祭に向けた打ち合わせも行う予定です。)


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 TOSMOSは、現代社会の様々な問題について、その本質を究明し、解決の道筋を考える東京大学の学術文化系サークルです。
 国際情勢、国内情勢、政治、経済、科学、生命倫理など、さまざまなテーマに関して、学習会、読書会、合宿などを通じて理解を深める研究活動をしています。もし多少でも興味がありましたら、一度わたしたちの活動を見学してみませんか?TOSMOSでは現代社会について一緒に研究する新入会員を募集しています。
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 さて、10月21日開催のTOSMOSの学習会に参加の皆様、お疲れ様でした。

 また、報告者の方、詳細な報告、ありがとうございました。テーマは「年金制度改革」についてでしたが、皆様、いかがだったでしょうか。

 以下、当日の報告について簡単なまとめを試みます。

 報告では、まず日本の年金制度の歴史を振り返りました。日本で最初の年金は1875年の軍人恩給制度でした。この制度は性格的には公務員だけに限り、財源も税金によるものでした。1905年には初の民間企業の年金制度として鐘紡共済組合が登場します。加入は任意で、支給額は所得比例によるものでした。本格的な年金制度は1942年の労働者年金保険と1943年の厚生年金保険の創設を待たねばなりませんでした。これにより、保険の対象者を民間企業で働くすべての(男子)労働者に広げられることになりました(厚生年金保険で女子にも拡大)。また、厚生年金の支給額がこれまでの所得に比例して決められていましたが、この制度改革で、定額の支給額がすべての被保険者に適用され、さらに所得比例部分を上乗せするというものへと変更されます(定額+所得比例)。

 そして、1961年には民間労働者だけでなく、農家や自営業者なども保険の対象者として含める制度改革がなされます。国民年金制度の創設で、これをもって「国民皆年金制度制の確立」と言われることがあります。さらに、1973年には物価スライド・賃金スライド導入、1986年には二階建て年金制度よって、国民年金と厚生年金の統合が図られます。厚生年金加入の労働者を含めて、すべての国民に定額の国民年金(基礎年金)を支給するとし、さらに国民年金のうえに所得比例の厚生年金を上乗せするというかたち(二階建て)となります(さらに、そのうえに私的年金を加えれば、三階建てとなります)。2004年にはマクロ経済スライド制へと移行します。以上が、日本の年金制度のおおまかな変遷です。

 つづいて、国民年金制度と厚生年金保険制度との二つの制度に関する基礎知識を確認するという意味で、当日の報告では両制度の具体的中身について詳細に触れました。スペースの都合上省きますが、国民年金制度の財政が、国庫が半分負担(25000億円)、国民年金各号被保険者が基礎年金拠出金として残りの半分を負担するかたち(2004年に、これまでの国庫負担が3分の1から2分の1に変更)になったことを確認したいと思います。

 つづいて、公的年金制度の必要性として、なぜ「公的」であらねばならないのか、その意義が報告されました。その制度発展の背景として、①急速な高齢化の進行(1950年代に5%だった高齢化率が現在では20%を超えており、将来には40%に上昇すると予測されています)、②家族構造の変容(戦後の産業構造の主流が、農業を中心とした第一次産業からサービス業を中心とした第三次産業へと移行するにともなって、従来型の三世代家族から単身・一世代家族へと家族構造が変容します。このため、高齢者を家長である長男が支えるという想定が難しくなりました)、③戦後民主主義(日本国憲法第25条の生存権の規定により、国民の生活水準の維持が国の責務となりました)が挙げられると思われます。

このことから、「老後の備え」としての公的年金制度の重要性が高まっています。もし、公的年金制度がなければ、高齢者は①子どもに支援を求める、②政府の援助を求める、③自助努力(自分の貯蓄や私的年金)に頼るしかなくなりますが、諸事情かから①②が難しい場合、自助努力しか選択肢がなくなります。しかし、個人貯蓄に頼るとしても、ライフサイクル・モデル(合理的な貯蓄計画)という考え方(自分の寿命を予想して、それに見合ったかたちで貯蓄を形成する)の現実性には疑問符が付くなど、長生きするリスクをカバーすることが難しい、という限界もあります。

そもそも公的年金保険と異なり、個人(私的)年金保険は積立方式となっています。これは、「保険」を通じて短命の人が支払った保険料相当額が長命の人への再配分(水平的再配分)される仕組みとなっています。しかし、この保険制度では、物価の変動に対応できないという難点もありますし、たとえ裕福層にとっては貯蓄があるため合理的な老後生活の計画が可能であったとして、低所得層にとっては個人年金保険への加入がそもそも難しく将来の生活の計画が難しいでしょう。総じて、個人年金のみではすべての国民の生活を保障することができず、それだけ公的年金制度の意義は大きいと言えるでしょう。

 では、日本の公的年金制度の特徴を考えていきたいと思います。その特徴としては、①制度への加入が強制的、②年金額あるいは保険料を通じて何らかの所得再配分が行われる(所得再配分機能)、③制度の運営は政府もしくは公的な機関が行う、④各種のスライド制度(賃金スライド、物価スライド)が採用される、⑤年金財政方式として賦課方式あるいは修正積立方式が採用されている、などが挙げられるでしょう。

 さらに、公的年金制度の給付水準の考え方を概観していきましょう。まず給付からみた年金制度は大きく二つに分かれます。確定給付型年金制度と確定拠出型年金制度です。前者は年金支給額をあらかじめ公表する制度ですが、制度変更のたびに支給額の変更を公表する必要があります。後者は保険料の支払い額だけがわかる制度で、被保険者の運用次第で支給額が変化していきます。また、定額年金と所得比例年金があります。保険料支給額が同じ定額年金は、イギリスのべヴァレッジ報告(1942年)をもとに作られた制度となります。一方の所得比例年金は、ドイツのビスマルクによって採用され、ILO条約で採択されています。先述のとおり、日本では一階部分にあたる国民年金が定額年金であり、二階部分にあたる厚生年金が所得比例年金と言えます。つまり、日本は両制度の混合型(ハイブリッド型)と言えるでしょう。さらに、給付を個人単位にすべきか、家族単位にすべきか、支給開始年齢はどうするのかが現在議論されている問題として挙げられます。

 また、年金制度の財政面での仕組みを考えていきましょう。「安定的な財政基盤は年金制度の要」と言えますが、その財政運営には、賦課方式と積立方式があります。一方の賦課方式とは、将来の年金給付に必要な原資を保険料で積み立てる方式です。現在の現役世代の人が払い込んだ保険料を現在の高齢者に支給する仕組みです。これは、現役世代から高齢者への再配分をおこなうものと理解できます。「世代間扶養」とも呼ばれます。他方の積立方式とは年金原資を同時期の現役世代の保険料でまかなう方式です。若い現役世代に払い込んだ保険料を積み立て、老後になって年金を受け取る仕組みです。これは、年齢集団ごとに事前に保険料と年金の金額を決めておく必要があります。   

そして、報告では、両制度の比較をおこなれました。たとえば、予想外の人口・経済変動が生じたときに財政的な影響としては、賦課方式では人口の変動の影響を受けます。日本では少子高齢化により後世代の負担が増加するということが社会問題化しています。他方の積立方式では経済変動の影響を受けることになります。つまり、インフレがあると給付価値が減少してしまうという問題点が生じるのです。

また、いわゆる「二重の負担」問題があります。これは、公的年金制度を賦課方式から積立方式に切り替える場合、切り替え時の現役世代が自らの将来の年金の積み立てに加えて、そのときの受給世代の年金分も負担する必要があるという問題です。

現在、賦課方式から積立方式への切り替えが主張されていますが、アメリカでは当初は積立方式だったのが、世界恐慌の煽りをうけての激しいインフレに耐えかえて1935年には積立方式が行き詰まり、1939年には賦課方式へと移行したという歴史があります。欧米各国の公的年金制度は、積立方式でスタートしたが、上述のような激しいインフレによる積立金の減価などを主因として受給世代への給付原資を十分に確保できなくなっていたために、1950年前後を境として相次いで賦課方式へと移行していったという経緯があります。

ちなみに、先述のとおり、日本では積立方式と賦課方式とを組み合わせた「修正積立方式」となっています。基本的には賦課方式を採用しつつも、年金制度が成熟化(引退世代の人口の比率が高まったのち高位安定すること)していないときに徴収する保険料の一部を積み立てておき、制度が成熟化したときに給付の一部を積立分であてるという仕組みです。好意的に受けとめれば、両者の利点を取り入れ、両者の欠点を補う仕組みになっているとも言えるかもしれませんが、一方で公的年金制度に対する加入者の関与と責任を曖昧に、問題を複雑化する一因となったとの指摘もあります。現在日本では、少子高齢化により、積立方式導入論が主張されています。

さて、最後に近年の日本における年金制度改革論を概観していきたいと思います。報告では八つの論点が挙げられました。若干のコメントを付して、触れたいと思います。すなわち、

①給付水準引き下げ・支給開始年齢引き上げ論

②積立方式導入論
⇒これは、前述のとおり、いわゆる「二重の負担」問題があります。

③厚生年金民営化論
⇒これは、民営化により経営破綻のおそれもあります。

④基礎年金の税財源化論
⇒これは、給付のためにミーンズテスト〔資力調査〕の必要が生じて、スティグマ〔恥辱感〕の問題が発生します。また、仮に消費税を財源にあてた場合、所得の違いに応じて負担が異なるという問題が生じます。累進的な課税が現実的なのかもしれません。

⑤公的年金一元化論
⇒これは、国民年金と厚生年金とを一体化するものですが、国民年金の加入者である農家・自営業者の収入の把握が難しいという問題や、定額から所得比例方式にした場合に保険料も給付額も確定しにくいという問題などが生じます。

⑥第三号被保険者問題
⇒これは、サラリーマンの妻で専業主婦などで構成される第三号被保険者と、夫婦ともに厚生年金の保険料を払う共働き世帯や夫婦とも国民年金の保険料を支払う自営業世帯との間での不公平の問題です。

⑦パート・派遣労働者の厚生年金保険適用問題

⑧ライフスタイルに対し中立的な年金制度

総じて、私(飯島)は報告者からの報告を聞きながら、国の責任の所在は明確にするという意味からも、「老後の備え」は基本的に公的年金制度であるべきだと考えました。皆さんはいかがお考えでしょうか。今後も、TOSMOSでも年金制度のあるべき姿を議論しつつ、考えていきたいと思います。

 
【文責:飯島】

 

2014年10月19日日曜日

次回の学習会は10月22日(水曜日)です。


次回の学習会の予定は以下の通りですので、よろしくお願いします。

次回学習会(駒場祭に向けた学習会)
日時:10月22日(水曜日)18:30
 
場所:キャンパスプラザB312(部室)

※なお、部室(キャンパスプラザB棟)へのアクセスについては、下記のリンク先の地図を参考にしてください。


事前の申し込みは必要ありません。直接、会場(部室)までお越しください。

内容:社会保障について

(より具体的な内容は、当日に報告者から発表されますので、ご了承ください。)

なお、今後の学習会の際には適宜、学習会後に駒場祭に向けた打ち合わせも行う予定です。)


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 TOSMOSは、現代社会の様々な問題について、その本質を究明し、解決の道筋を考える東京大学の学術文化系サークルです。
 国際情勢、国内情勢、政治、経済、科学、生命倫理など、さまざまなテーマに関して、学習会、読書会、合宿などを通じて理解を深める研究活動をしています。もし多少でも興味がありましたら、一度わたしたちの活動を見学してみませんか?TOSMOSでは現代社会について一緒に研究する新入会員を募集しています。
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 さて、1014日開催のTOSMOSの学習会に参加の皆様、お疲れ様でした。

 当日の報告は「日本国憲法と社会保障をめぐって」と題して、日本国憲法第25条(生存権の意義と役割などを概観する内容となりました。ここでは、当日の報告のなかから、報告の模様についての簡単なまとめを試みます。 

まず、日本国憲法第25条の条文を眺めてみましょう。

①すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
②国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に務めなければならない。

条文は以上のようになっていますが、そもそも生存権と呼ばれる権利は、人権の一つとされています。すなわち「社会権」の重要な項目として生存権は位置づけられ、自由権や参政権と並んで人権の重要な権利として構成されています。

さらに詳しくいうと、人権は「国家からの自由」である自由権、「国家への自由」である参政権、「国家による自由」である社会権の三種類に大別できます。ちなみに、社会権には、生存権のほか、教育を受ける権利や労働権(勤労権)や労働基本権があります。

人権の歴史を振りかえってみると、自由権がフランス人権宣言(1789年)にまず最初に登場し、それから130年後に、社会権がワイマール憲法(1919年)に憲法上はじめて規定されることとなります。社会権が登場する背景には、20世紀の資本主義国がもはや自由放任主義に徹することができない社会状況となったことが挙げられます。発言権を増す労働者や農民などの意見を受け入れて、経済活動に対して一定の法的規制を加えるとともに、経済的弱者の権利を積極的に保護する施策を展開していく必要に迫られたと言えるでしょう。 

ちなみに、資本主義各国の憲法は社会権を設置すると同時に、経済的自由権(財産権)に対する制限を定めることになります。日本国憲法でいえば、第29条第2項(「財産権の内容は公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」)に規定されています。

また、日本国憲法制定時に、当初の政府案では現行の第2項にあたる規定だけからなる案だったのが、当時の日本社会党が第1項(「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」)にあたる内容を盛り込むように修正案を提出し、現在の第25条(生存権)の規定になったという歴史的経緯は知っておいて損はないでしょう。

さて、憲法に規定された生存権ですが、その法律的性格をめぐってはその後様々な学説が展開されることになります。すなわち、プログラム規定説と法的権利説(それは、抽象的権利説と具体的権利説に大別)の相克です。おおまかなイメージとして、国の責任が問われる程度としては、プログラム規定説がその責任がもっとも軽く、次に抽象的権利説、そしてもっとも重いのが具体的権利説であると、レベル的に理解してよいと思います。

まず、最初に登場した学説がプログラム規定説です。第25条の規定は、国民に社会保障に関する具体的権利ないし請求権を与えるものではなく、国の政治的・道徳的義務を明示したものにすぎない、とする説です。このプログラム規制説に依拠したとされる最高裁判決が、食糧管理法事件判決(1948年)です。食糧管理法に違法で精米を買受した被告人が、「国民がこの不足食糧を購入し運搬することは生活権の行使であり、これを違法とする食糧管理法の規定は憲法違反である」と主張して国と争い、結局被告人敗訴となった事件です。

このようにプログラム規定説が有力説とされていましたが、やがて抽象的権利説へと有力説が入れ替わる契機となったのが、1960年代に争われた朝日訴訟です。

これは、肺結核で療養所暮らしをしていた、単身で無収入の朝日茂氏が、生活扶助の在り方を問うた裁判です。すなわち、「厚生大臣の定める日用品費600円の基準額は、憲法および生活保護法の規定する健康で文化的な最低限度の生活水準を維持するに足りない違法のものである」と主張し、行政訴訟を提起した裁判です。

第1審判決では抽象的権利説の立場に立った判決とされます。抽象的権利説とは、「生存権を実現する具体的手続き、方法を規定する生活保護法といった具体的な法律の制定と相まって、双方を根拠に、法的権利(具体的な請求権)を導きだすことができる」とする説です。判決の詳しい内容は、ブログ執筆者の能力を超えるため割愛しますが、結局、朝日氏は最高裁に上告中に死亡し、形式的には「訴訟終了」となります。ただ、最高裁は「なお、念のため」と傍論において、生存権の法的性格について判示しています。この判決はプログラム規定説に立脚したものか、あるいは抽象的権利説に立脚したものか、学説において争いがあるものの、社会的にも注目された朝日訴訟を契機として、プログラム規定説から抽象的権利説へと有力説が移行して、生活保護の具体的内容の充実が図られることとなります。現在ではプログラム規定説を採用する法学者はほとんど存在しないと言われています。

ちなみに、三つ目の具体的権利説とは、「憲法25条の規定が『健康で……権利を要する』という表現になっている以上、その規定にもとづいて国民に「憲法で文化的な最低限度の生活を営む権利」が具体的に保障されたと解し、かりに生存権を具体化する法律がなかったり、あるいは、あっても不十分なものである、という場合には、国民は、当該立法不作為の違憲確認訴訟を提起することができる、という説です。少数説ですが、現在この学説に依拠する法学者も少なくありません。

以上のように、憲法に明記された生存権をめぐる解釈の動きを簡単に概観しました。最後に、「健康で文化的な最低限度の生活の保障」という条文の意味するところを、憲法学者の浦部法穂氏の主張に沿いつつ、あらためて考えてみたいと思います(浦部法穂『憲法学教室〔全訂第2版〕』240ページに依拠)。

浦部氏はおおそよ次のように述べます。すなわち、生存権をもって、伝統的な救貧施策を行うことを、具体的には公的扶助(生活保護)を行うことを意味すると一般には解されています。しかし、最低限度の生活を営みえなくなったときにはじめて権利が発生するのではなく、現在は最低限度以上の生活をしている人も、たとえば失業・疾病・障害・老齢などのために、いつなんどき現在の生活基盤を失うやもしれません。そのときに、最低限度の生活だけは最低限保障されている、という仕組みができあがっていてはじめて、すべての国民が最低限度の生活を営む権利を有するということが、実質的に意味をもつことになる、と。

生存権の具体的施策としては、生活保護(公的扶助)が中心になるのではなく、むしろ、誰もが生活保護を受けなくても済むようにするための施策(たとえば、失業保険、医療保険、各種年金などの制度)が中心になるとみなければならないのです。

ブログ執筆者(飯島)から最後に一言。

このような浦部氏の主張はいわゆるセーフティーネット論と通じるものがあるように思われます。「<信頼と協力の領域>によって<市場競争の領域>が支えらえており、両者は切り離せない相補関係にある。実際、規制緩和の名の下に、これらのセーフティーネットを起点とする<信頼と協力の領域>を解体してゆくと、<市場競争の領域>も麻痺する様相を呈してくるからである。」(金子勝『セーフティーネットの政治経済学』6768ページより)。「最低限度の生活を営みえなくなったときにはじめて権利が発生する」という通俗的な解釈では、セーフティーネットの構築を蔑ろにし、さらには市場経済での活動をも阻害するという点に注目したいです。少なくとも、公共的な分野での規制緩和をめざす政財界が使う「セーフティーネット」論がなにをもたらすのかを見極め(金子氏のいう「セーフティーネット」論と政財界が使う「セーフティネット」論とは似て非なるものだと思います。後者の施策は社会保障を破壊するものとわたしは解します)、労働者・市民の日常活動の安定性を図るためには何が必要かを考えつつ、生存権の労働者・市民への適用の在りようを、そして社会保障全体の在りようを考えていく必要があると思います。

【文責:飯島】

 

 

2014年10月12日日曜日

次回の学習会は10月14日(火曜日)です。

次回の学習会の予定は以下の通りですので、よろしくお願いします。
 
●次回学習会(駒場祭に向けた学習会)

日時:10月14日(火曜日)18:30
○場所:キャンパスプラザB312(部室)
○内容:社会保障について
(より具体的な内容は、当日に報告者から発表されますので、ご了承ください。)
(※なお、今後の学習会の際には適宜、学習会後に駒場祭に向けた打ち合わせも行う予定です。)

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 TOSMOSは、現代社会の様々な問題について、その本質を究明し、解決の道筋を考える東京大学の学術文化系サークルです。
 国際情勢、国内情勢、政治、経済、科学、生命倫理など、さまざまなテーマに関して、学習会、読書会、合宿などを通じて理解を深める研究活動をしています。もし多少でも興味がありましたら、一度わたしたちの活動を見学してみませんか?TOSMOSでは現代社会について一緒に研究する新入会員を募集しています。
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 さて、10月8日開催のTOSMOSの学習会に参加の皆様、お疲れ様でした。

 当日の報告は「社会保障のあゆみ」と題して、社会保障の歴史をたどってみました。

 ここでは、当日の報告のなかから、イギリスと日本における社会保障の歴史を中心に、報告の模様についての簡単なまとめを試みます。

 まず、エンクロージャー(囲い込み)政策で貧困に陥った人々を「救う」(多分に「更生」)という見地から、イギリスで最初に救貧法が登場します。救貧法のなかで特に有名なのが、貧民救済ではなく社会的秩序維持をあくまで目指した、1601年のエリザベス救貧法です。そこでは、貧困の原因は個人の問題(すなわち、「貧困になったのは怠けていたから」)に解消され、施策はあくまで、その更生に重点を置いたものでした。やがて、市民革命、産業革命を経て、1983年の新救貧法が登場しますが、レッセ・フェール全盛期のこの法律は、結局貧困窮乏を個人の責任として、救済を自助の失敗にする懲罰・見せしめとすることを目的としていました。

 しかし、産業発展のなかで、労働者が団結して労働組合を結成し、社会保障的施策を要求していきます。1873年から1893年の大不況期では社会主義の活動が活発となり、あるいは各種の社会調査による貧困の「発見」がおこなわれ、社会問題が人々の関心事となっていきました。それらの動向から導き出された解答は、貧困が慈善事業や相互扶助では対応しきれないことを認識させ、何らかの形で国家政策による制度的対応をすべきということでした。こうして、1911年に社会保険として国民保険法の成立に至ります。

 さらに、1942年のべヴァリッジ体制の確立によって、戦後のありうべき社会のビジョンを提示し、それが戦後労働党政権によって実現化され、1950年代から60年代までの「ゆりかごから墓場まで」という高度な福祉国家が成立します(ドイツのビスマルク施策や世界恐慌以降のニューディール政策の一環としての社会保障法などの歴史的過程はスペースの関係上、割愛します)。

 
 では、日本の場合はどうだったのでしょうか。日本における本格的な社会保障政策は第二次世界大戦中の一連の保険法を嚆矢とすると考えてよいでしょう。すなわち、1941年の労働者年金保険法の制定、1944年の厚生年金保険法の制定などです。敗戦を迎え、第25条で「生存権」を規定した新憲法が日本の社会保障政策の理念的後押しとなり、経済も復興そして高度経済成長への進展すると、社会保障の拡充がおこなわれます。それが1961年の国民皆保険と国民皆年金のスタートです。そして、1973年には厚生年金保険法改正され、医療保険では給付率が5割から7割に引き上げられ、老人医療費の全国無料化が実現します。ゆえに、この年を「福祉元年」だと呼ぶ人もいます。
 

 ところが、「福祉元年」直後に、中東戦争勃発による石油危機から、イギリス・日本を含めて世界的に経済が停滞するというスタグフレーション(景気後退期における物価上昇)が発生します。それらの解決の見通しがたたないまま、低成長時代へと入ります。従来型の有効需要(貨幣支出に裏支えされた需要)喚起政策による福祉国家の拡充が財政的にも難しくなります。そのなかで、サッチャー、レーガンに代表される新自由主義者による福祉政策の縮小が行われます。日本においても、この流れを受けて、近年、社会保障制度審議会や私的諮問機関の有識者会議では、「自助努力を補う社会保障制度」があるべき姿だとして、「自己責任」が強調されるなど、かつての「貧困は怠け者」という、社会認識上の後退が生まれつつあると言えるかもしれません(その点は議論の分かれるところだと思いますが)。
 

 そして、いま日本では「規制緩和」のお題目のもとに、これまで公共財的な側面が強かった社会保障分野に民間企業を参入させて利潤追求の場としようとしています。その結果は日本ではまだ明確になっていませんが、利益の上がる美味しいところだけをかすめとる、クリーム・スキミング行為が頻発し、本来あれば公共的な意義のある事業体も不採算であるとすれば、簡単に切り捨てられてしまう事態が生じようとしています。
 

 1950〜60年代のヨーロッパのような福祉国家をもう一度再現することは難しいものの、高齢化の一層進む日本では、社会保険と公的扶助(生活保護)との理念とはなんであったのかを歴史的に振り返り、そしてわれわれはいかなる理念のもとに社会保障のあるべき姿を構想するのか、という喫緊に解決すべき局面に立っていると言えるかもしれません。

【文責:飯島】

2014年10月6日月曜日

次回の学習会は10月8日(水)です。

9月23日から25日に行われた、TOSMOSの秋合宿に参加の皆さん、お疲れ様でした。TOSMOSの駒場祭企画のテーマは「社会保障」です。駒場祭での成功にむけて、皆さん頑張っていきましょう。
 
●次回学習会(駒場祭に向けた学習会)

日時:10月8日(水)18:30

○場所:キャンパスプラザB312(部室)

○内容:社会保障について
(より具体的な内容は、当日に報告者から発表されますので、ご了承ください。)

(※なお、今後の学習会の際には適宜、学習会後に駒場祭に向けた打ち合わせも行う予定です。)

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 TOSMOSは、現代社会の様々な問題について、その本質を究明し、解決の道筋を考える東京大学の学術文化系サークルです。
 国際情勢、国内情勢、政治、経済、科学、生命倫理など、さまざまなテーマに関して、学習会、読書会、合宿などを通じて理解を深める研究活動をしています。もし多少でも興味がありましたら、一度わたしたちの活動を見学してみませんか?
 
 
 TOSMOSでは現代社会について一緒に研究する新入会員を募集しています。
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【文責:飯島】
 

2014年6月28日土曜日

次回の読書会は7月4日(金曜日)です。

 TOSMOSでは、次回(74日)は下記のとおり読書会をおこないます。

「読書会」では、前回と同様に、報告者が要約レジュメなどを作成して報告をおこない、その後でテキストの内容をめぐってみんなで議論します。

次回のテキストも古関彰一著『日本国憲法の誕生』(岩波現代文庫)です。74(金曜日)におこないますので、ぜひお気軽にお越しください。なお、『日本国憲法の誕生』は大部の著作なので、2回に分けて開催しますが、前回(624日開催)は前半部の序・第Ⅰ章から第Ⅷ章までを扱いましたが、第二回目である次回(7月4日)は第Ⅸ章から最終章までを扱う予定です。

「読書会」では、テキストの指定範囲(今回は第Ⅸ章<米国政府対マッカーサー>から最終章<「逆コース」のはじまり>まで)を事前に読んできて頂けると、より深い議論ができるので望ましいですが、テキストを読むことができなかった場合でも参加して頂いて大丈夫ですので、お気軽にご参加ください(できればテキストは、書店や図書館などで事前に入手して、ご持参頂けると幸いです)。

皆さんのお越しをお待ちしております。


●次回読書会

○日時:74日(金曜日)1830分から(2100分頃まで)

○会場:キャンパスプラザB312号室(B3階)の部室
 ※なお、部室(キャンパスプラザB棟)へのアクセスについては、下記のリンク先の地図を参考にしてください。

○テキスト:古関彰一著『日本国憲法の誕生』(岩波現代文庫版 2009年)
上記のテキストは、古関氏が旧著の『新憲法の誕生』に大幅に加筆・修正し、新たな書名に変えた形で岩波現代文庫から刊行されたものです。ついては、各自で用意して頂くテキストの指定としては、岩波現代文庫版の『日本国憲法の誕生』としますので、よろしくお願いします。
 
○扱う範囲:章(<米国政府対マッカーサー>)から最終章<「逆コース」のはじまり>まで〔220ページから381ページまで〕

○報告者:TOSMOSの会員

〇参加費:無料
 ※ただし、指定テキストを購入する場合、書籍代は自己負担となります。

事前の申し込みは必要ありません。直接、会場(部室)までお越しください。

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 TOSMOSは、現代社会の様々な問題について、その本質を究明し、解決の道筋を考える東京大学の学術文化系サークルです。
 国際情勢、国内情勢、政治、経済、科学、生命倫理など、さまざまなテーマに関して、学習会、読書会、合宿などを通じて理解を深める研究活動をしています。
 もし多少でも興味がありましたら、一度わたしたちの活動を見学してみませんか?
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前回の読書会で扱った、テキストの該当箇所について簡単なまとめを試みます。

まず、著者の古関彰一氏は、2005年に自民党が結党50年を迎えるにあたって打ち出した「新憲法草案」について批判します。すなわち、「戦争の放棄」を「安全保障」と変えたのみで、他の章は日本国憲法とまったく変わるところがなく、「新憲法」などと呼べるものではない、と(自民党は2012年に「日本国憲法改正草案」を発表している)。さらに、日本国憲法を「改正」するならば、いくつかの外国の憲法が改正にあたり前憲法に触れているように、前文で日本国憲法に触れ、なにゆえに憲法改正に至ったのかを明記すべきであったと指摘します。

まさに、憲法を制定する能力が自民党にあるのかどうかが問われているといえるでしょう。同時に、その問いは、1945年の敗戦直後の日本の政治家・有識者(あるいは国民全体)に対しても向けられるべきものでしょう。現行の日本国憲法の水準にまで達するだけの質の高い憲法を当時の日本人だけの手によって作成することができたかどうか、という問いでもあります。

 この点、古関氏は本書で日本における制憲スタイルの特徴(問題点)を、GHQ案の制憲スタイルと比較しながら、浮き彫りにします。すなわち、周知のように、日本の憲法草案作成過程は次のように進みます。まず、東久邇宮内閣の無任所大臣だった近衛文麿が内大臣府御用掛として佐々木惣一京大教授を擁して憲法草案の作成をめざします。それにやや遅れて、幣原内閣の松本烝治国務大臣を中心とした憲法問題調査委員会が憲法草案作成に着手します。いずれの動きも、「国体の護持」に関心が集中しており、天皇制とは疑う余地のなき永劫不変の体制であるというのが大前提となっている点が共通していますが、さらに、古関氏は「制憲スタイル」もまた共通していたと指摘します。つまり、欽定憲法であった明治憲法の草案は伊藤博文が横浜・夏島にこもって作成されたように(「夏島憲法」)、近衛・佐々木らは箱根にこもって草案を作成し、松本は鎌倉にこもって草案を作成しました。この点について、古関氏は松本の動きについて次のように批判します。「〔松本らの〕憲法問題調査委員会の制憲スタイルを見ていると、天皇制の政治構造がみごとに浮かびあがってくる。委員の明確な責任分担のないままに、それはすべて「私的世界」ですすめられた。」と。終始、委員会は組織的というよりは私的に運営された点を問題にしているわけです。しかも、伊藤・近衛・松本らの制憲スタイル、すなわち個人が別荘にこもって草案を書き上げるスタイルは、後のGHQ案の起草過程とまことに対照的だといいます(憲法調査委員会ですら官制によらず閣議了解で設置が決まった点も注目すべきでしょう)。すなわち、GHQ案は憲法のいくつかの章ごとに小委員会をつくり、そこでできた素案を運営委員会で統一した案をつくっていったという点が対照的なのです。

では、GHQの制憲スタイルはどうだったのか、もう少し具体的に見ていきましょう。GHQのマッカーサーはホイットニーに「マッカーサー三原則」を提示し、それに基づいて行政部六課の長とその課員が発令され、さらに憲法草案作成の作業班(委員会)が設置されるという流れで進行します。運営委員会の下に、行政権に関する委員会、立法権に関する委員会、人権に関する委員会、司法権に関する委員会、財政に関する委員会、地方行政に関する委員会が設置されます。この制憲スタイルを古関氏は次のように概括します。「米国側はマッカーサーが三原則という基本をホイットニーに命じ、ホイットニーはすべてを行政部にまかせた。行政部はケーディスを中心に運営委員会をつくり、その下に委員会を置いて分担して起草にあたった。起草にあたった会議室に鍵はかけられたが、ケーディスが資料を持って一人で旅館に籠ることはなかった。つまり、GHQは個人的にではなく組織的に起草にあたっている。もう一点、天皇も幣原首相も、近衛や松本に起草を命ずるにあたっての原則を示していない」と。

たとえば、人権条項の起草過程を取り上げてみましょう。起草を担当した「人権に関する委員会」の構成員は、P・K・ロウスト、H・E・ワイルズ、B・シロタ嬢でしたが、「三人に共通してまず気づくことは、様々な豊かな経験があるにもかかわらず、法律を専攻もしくは職業をしたことは一度もないことである。しかし彼ら、とくにロウストとシロタは戦間期という緊張した国際社会の中で複数の国を渡り歩き、また様々な専攻や職業を経たことで、人権という人種や民族を超えた「人間の生来の権利」を起草するには、立法技術だけを身につけた法律家以上に適した資格をもっていたと言えよう。」と古関氏は指摘します。自分の役回りを終始「(立法)技術家」と自認していた(あるいは自己限定していた)松本とはパーソナリティの面でも対照的なのです。

ところで、「当時の日本人には立憲意思も立憲能力もなかった」という指摘が現代日本の論壇でなされることがありますが、それは本当なのでしょうか。その点に関して、民間草案の存在について言及する必要があるでしょう。「日本共和国憲法私案要綱」を執筆した高野岩三郎や、在野の憲法学者である鈴木安蔵などの中心とした憲法研究会の動きなどです。民間草案は、明治期の私擬憲法より数は少ないものの、その内容はアメリカ合衆国憲法やソヴィエト憲法、ワイマール憲法などを貪欲に取り入れ、「当時の世界の憲法の基本類型がみごとに参考にされている」(古関)ものだといいます。松本がすべての出発点を明治憲法に置き、外国の憲法を参考にするのは民間草案を攻撃するためにすぎなかったのとは対照的です。いずれにせよ、当時の日本人は憲法に関して無能であったとは断定できないでしょう。

以上の制憲の動きを総括すれば、日本政府側は、終始、思想らしい思想をたたかわす憲法論議はないままに、GHQ案の受け入れへと動いていくわけで、その点について、古関氏は「(8月15日につづく)第二の敗戦」であったとの評価を下しています。政治理念、歴史認識の敗北であり、憲法思想の決定的敗北を意味したといえるのかもしれません。
 
ひるがえって、現在進行中の集団的自衛権容認の動きはどうなのかを考える必要がありそうです。現行憲法九条を解釈改憲するという話ですが、自民党などの与党の動きは適切な制憲スタイルを採用しているのかどうかを国民ひとりひとりがチェックする必要がありますが、その際、本書で論じられたことが役立つのではないかとわたしは考えます。

以上、日本側とGHQ側の制憲スタイルの違いに注目しながらまとめてみました。そのほかに、GHQ案が提示された後の、いわゆる「日本化」の動きや憲法条文の口語化の動きなど興味深い論点もありますが、スペースの関係上、割愛します。

さて、次回は、米国とマッカーサーとの憲法制定をめぐっての攻防や、いわゆる「芦田修正」に象徴される日本の帝国議会での修正から、吉田茂首相の動向やいわゆる「逆コース」までを扱います。日本国憲法制定をめぐって残された課題などを概観しつつ、活発な議論や意見交換ができればと考えています。次回の読書会のご参加をよろしくお願いします。

【文責:飯島】

2014年6月18日水曜日

次回の読書会は6月24日(火曜日)です。

  TOSMOSでは、次回(6月24日)は下記のとおり読書会をおこないます。

「読書会」では、報告者が要約レジュメなどを作成して報告をおこない、その後でテキストの内容をめぐってみんなで議論します。

次回のテキストは古関彰一著『日本国憲法の誕生』(岩波現代文庫)です。6月24日(火曜日)におこないますので、ぜひお気軽にお越しください。なお、『日本国憲法の誕生』は大部の著作なので、2回に分けて開催します。第1回目(624日開催)は前半部の序・第Ⅰ章から第Ⅷ章までを扱います。なお、第二回目(日程未定)は第Ⅸ章から最後までの後半部を扱う予定です。

「読書会」では、テキストの指定範囲(今回は序・第Ⅰ章から第Ⅷ章まで)を事前に読んできて頂けると、より深い議論ができるので望ましいですが、テキストを読むことができなかった場合でも参加して頂いて大丈夫ですので、お気軽にご参加ください(できればテキストは、書店や図書館などで事前に入手して、ご持参頂けると幸いです)。

皆さんのお越しをお待ちしております。


●次回読書会

○日時:624日(火曜日)1830分から2100分まで

○会場:キャンパスプラザB312号室(B3階)の部室
 ※なお、部室(キャンパスプラザB棟)へのアクセスについては、下記のリンク先の地図を参考にしてください。
http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam02_01_43_j.html
 ※事前の申し込みは必要ありません。直接、会場(部室)までお越しください。

○テキスト:古関彰一著『日本国憲法の誕生』
          (岩波現代文庫版 2009年)
上記のテキストは、古関氏が旧著の『新憲法の誕生』に大幅に加筆・修正し、新たな書名に変えた形で岩波現代文庫から刊行されたものです。ついては、各自で用意して頂くテキストの指定としては、岩波現代文庫版の『日本国憲法の誕生』としますので、よろしくお願いします。

扱う範囲:序、および第Ⅰ章から第Ⅷ章まで
       〔1ページから219ページまで〕
 
○報告者:TOSMOSの所属会員

〇参加費:無料
 ※ただし、指定テキストを購入する場合、書籍代は自己負担となります。

○報告者による内容紹介:

 集団的自衛権行使の容認への動きが国会で始まっています。安倍政権は第九条の明文改憲や第九六条の改正手続きの変更による改憲が難しいと悟ると、第九条の解釈改憲へと突き進んでいます。扱われている条項は第九条ですが、日本国憲法の三つの根本原理である平和主義、基本的人権の尊重、国民主権のうちの、とくに平和主義について大きな変更が加えられようとしています。まさに、人民から統治権力への命令である、日本における最高法規としての日本国憲法はいま大きな岐路に立っているといえるでしょう。そのような情勢下のなかで、そもそもこの日本国憲法はアジア・太平洋戦争の敗戦直後にいかなる人類史的な課題や国際情勢を背景にして制定されることになったのか、そのことを学ぶ意義は増してきているのではないでしょうか。とくにその制定過程を究明することは、日本国憲法の第九条を始めとした様々な条文が、単なる「押し付け」憲法としてではなく、わたしたちの現在の暮らしの“豊かさ”の形成に大きな影響を与えてきたことを知ることにつながるのではないでしょうか。いま、日本国憲法の成立過程を詳細に著した本テキストを読む意義は大きいといえます。

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 TOSMOSは、現代社会の様々な問題について、その本質を究明し、解決の道筋を考える東京大学の学術文化系サークルです。
 国際情勢、国内情勢、政治、経済、科学、生命倫理など、さまざまなテーマに関して、学習会、読書会、合宿などを通じて理解を深める研究活動をしています。
 もし多少でも興味がありましたら、一度わたしたちの活動を見学してみませんか?
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【文責:飯島】

2014年6月10日火曜日

次回の例会は映画鑑賞会です(6月13日開催)。

TOSMOSでは、次回(6月13日)、下記のとおり映画鑑賞会をおこないます。

上映作品は『ホテル・ルワンダ』です。映画鑑賞会にあたっての事前の準備は特にありません(参加者各自の自由に委ねます)。詳細は下記のとおりです。映画上映後には皆さんと映画の感想など意見交換を行いたいと思います。皆さんの奮っての参加をお願いします。


○日時:6月13日(金曜日)18時30分〜21時00分頃

○会場:キャンパスプラザB312号室(B棟3階)の部室
※なお、部室(キャンパスプラザB棟)へのアクセスについては、下記のリンク先の地図を参考にしてください。
http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam02_01_43_j.html
事前の申し込みは必要ありません。直接、会場(部室)までお越しください。

○鑑賞する映画:『ホテル・ルワンダ』(2004年制作、イギリス・イタリア・南アフリカ合作、監督=テリー・ジョージ)

映画の概要:1994年、アフリカのルワンダで民族対立が原因の大量虐殺事件が発生、欧米諸国や国連の無策が被害を拡大させる中、1200人もの人々をホテルに匿い、持ち前の機転と交渉力でその命を守り抜いた一人のホテルマンの奇跡の逸話を映画化。監督は「父の祈りを」の脚本で知られるテリー・ジョージ。主演のホテルマン、ポール・ルセサバギナには「青いドレスの女」「オーシャンズ11」のドン・チードル。妻のタチアナにはソフィー・オコネドー(「堕天使のパスポート」)が扮している。またベテラン演技派俳優ニック・ノルティと今一番勢いのある若手俳優ホアキン・フェニックスががっちりと脇を固めている。日本では長らく公開のメドが立たずにいた本作は、有志による熱心な署名活動が実を結び晴れて公開実現の運びとなったことでも話題に。2004年度アカデミー賞・主演男優賞、助演女優賞、脚本賞にノミネートされた。

※当日の映画上映後には、作品の内容そのものの好し悪しから、現実になぜルワンダで殺戮が起こったのか、なぜこれほどまでに人は残虐になれるのか、映画のなかで登場する国連軍司令官の対応に問題はなかったか、われわれ日本人にはなにができるのか、など社会・国際情勢まで広く意見交換ができればと考えています。

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