2015年11月8日日曜日

次回(11月13日金曜日)は公開学習会です

次回の公開学習会
TOSMOSでは、駒場祭企画(講演会「クルド人と考えるIS問題と中東の未来」)のプレ企画として、公開学習会をおこないます。詳細は下記のとおりです。公開学習会では、報告者が下記のテーマにて報告をおこない、その後皆で討論や意見交換をする形式をとります(発言は任意です)。公開学習会の副題にあるとおり、「基礎から考える」ので、予備知識なくても大丈夫です。事前に書籍・資料等を読んでくる必要はありません。参加費は無料です。また、事前の申し込みは必要ありません。直接、会場までお越しください。新入生ではない学生の方や他大学生の方もご入場できます。ご興味のある方は、ぜひご参加ください。お待ちしております。

タイトル:中東の未来をつくる人々〜基礎から考えるクルド問題〜

○日程:1113日(金曜日)1900分から2030

場所:5号館1518教室(東京大学駒場キャンパス内)
※なお、会場(5号館)へのアクセスについては、下記のリンク先の地図を参考にしてください。
http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam02_01_04_j.html
 

○内容紹介:
 シリア内戦の開始やISISの台頭以来、イラクやシリアの痛ましいニュースが流れない日はありません。いま、この騒乱を終わらす鍵として、クルド人が注目されています。彼らは自身の支配地域からISISを撃退し、さらに積極的攻勢に出ています。日本では、なかなか報道で取り上げられないクルド問題について、私達と学んでみませんか?

報告者:TOSMOS会員

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 TOSMOSは、現代社会の様々な問題について、その本質を究明し、解決の道筋を考える東京大学の学術文化系サークルです。
 国際情勢、国内情勢、政治、経済、科学、生命倫理など、さまざまなテーマに関して、学習会、読書会、合宿などを通じて理解を深める研究活動をしています。もし多少でも興味がありましたら、一度わたしたちの活動を見学してみませんか?TOSMOSでは現代社会について一緒に研究する新入会員を募集しています。
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【文責:飯島】

2015年10月28日水曜日

次回の読書会は11月4日(水曜日)です

次回の読書会

次回の「読書会」の詳細は下記のとおりとなります。「読書会」では、報告者が要約レジュメなどを作成して報告をおこない、その後でテキスト(今回はレーニン著「民族自決権について」)の内容をめぐってみんなで議論します。テキストを事前に読んできて頂けるとより深い議論ができるので望ましいですが、テキストを読むことができなかった場合あるいはテキストを入手することができなかった場合でも参加して頂いて大丈夫ですので、お気軽にご参加ください(テキストの入手方法については下記のとおりです)。皆さんのお越しをお待ちしております。

○日程:114日(水曜日)1900分から

場所:キャンパスプラザB312(TOSMOSの部室)
※なお、部室(キャンパスプラザB棟)へのアクセスについては、下記のリンク先の地図を参考にしてください。http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam02_01_43_j.html

報告者:TOSMOS会員

テキスト:レーニン著論文「民族自決権について」(1914年執筆)
※レーニンが執筆した上記の論文を扱いますので、図書館で借りるか購入するなどして、各自でテキストを入手のうえ、できれば読んできてください。
※テキストの入手について
大月書店刊『民族自決権について―他十篇』(国民文庫)というタイトルの本の中に、上記の論文が収録されています。ただし、この本は「品切れ・重版未定」となっており、一般の書店で入手するのは困難ですので、入手される場合は、図書館で借りるか、古本で購入するのがよいと思います。
(なお、大きな図書館などにあるレーニンの『全集』〔第20巻〕にも、上記の論文は収録されています。)

 
○今回の書会の趣旨について:
のちにロシア革命の指導者となったレーニンもその作成に関わった「ロシア社会民主労働党綱領」(1903年)。その第九条には<民族自決権>が明記されていた。当時としては画期的であった<民族自決権>をめぐって激しい論争が当時の社会主義者の間で繰りひろげられることなる。本テキストはその過程で生まれたものである(1914年発表)。翻って、21世紀初頭の現在、<「民族自決」のスローガンはかつてのような輝きをもたなくなり、「至上の正義」というよりは、むしろ「条件次第では認められるが、過度に固執するのは危険だ」という受けとめ方が広がっている。>(塩川伸明著『民族とネイション』岩波新書p167)という指摘もなされている。わたしたちは<民族自決権>とその背後にあるナショナリズムにどのように向き合えばよいのか。民族問題について多数の論考を残した、レーニンの著作を手がかりに考えていきたい。

なお、今後の学習会等の際には適宜、終了後に駒場祭に向けた打ち合わせも行う予定です。)

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1020日は『トルコのもう一つの顔』(著者:小島剛一 中公新書 1991年)の読書会をおこないました。言語学者でもある著者(小島氏)は、トルコを1970年に初めて訪れて以来、十数年にわたり1年の半分をトルコでの野外調査に費やす日々が続いたそうです。最終的にはトルコのすべての地域を踏破し、そのなかで、著者はトルコ国内のクルド語などの少数民族の言語の存在を“再発見”をしていきます(ただし、クルド人の人口を考えれば、クルド人を「少数」だとはもはや言えないのかもしれませんが)。この“再発見”とは一体どういう意味なのでしょうか?  

ご存知の方もおられるかと思いますが、トルコでは(トルコ以外の国でも大なり小なり見受けられる傾向なのでしょうが)、現在にいたるまで、クルド語に限らず、大多数の少数民族言語はトルコ国内で読み書き話すことを禁じられています。「トルコ国民はすべてトルコ人であり、トルコ人の言語はトルコ語以外にない、トルコ語以外の言葉はトルコ国内に存在しない」というのがトルコ共和国建国以来の歴代のトルコ政府の公式見解となっています。そのため否応なく、著者のクルド語(などの少数民族の言語の)採取の実地研究はトルコ中央政府の公式見解と真正面から衝突することになります。

たとえば、トルコ国内では、トルコ政府による苛烈な弾圧のために、「隠れ民族」や「忘れ民族」が存在していると著者は指摘します。「隠れ民族」や「忘れ民族」とは著者が命名したものです。すなわち、「隠れ民族」とは「かつての日本の隠れキリシタンのように自分たちの真の姿をひた隠しにして生きている民族」のことを指し、さらにひどいケースとして、「忘れ民族」という「ひた隠しにするあまり自分たちが本当はなんであったのかわからなくなってしまった民族」も広範に見受けられるということです。著者は、それら「隠れ民族」や「忘れ民族」の言葉の“再発見”を試みるわけですが、当然ながら、トルコ政府の公式見解と対立することになります。本書はそのような苦労話が中心となって構成されています。

そもそも、著者は、ヒッチハイクや自転車でトルコを初めて旅したとき、トルコ人のホスピタリティー(客を親切にもてなすこと)の良さに触れ、「トルコ人ほど親切な人たちは珍しい」とトルコに魅了されるようになりました。以来、著者は、言語学研究のために年に数ヶ月トルコに滞在し、各地を周るようになるわけです。そして、その過程で先述のようにトルコならではの、外国人が安易に触れてはいけないナイーブな事情に著者は近接することになります。

また、トルコならではの事情についての指摘は言語以外の問題にも及びます。トルコの学校における歴史教育では、「アルメニアという国は歴史上『一度も存在しなかった』」と教え、「ジンギス汗はトルコ人である」との、日本のコンビニに置いてあるようなトンデモ本の類に書いてあるようなことが歴史教科書に公然と書いてあるといいます。他人事ながら、そのような歴史教科書を「学習」したトルコの子どもが将来外国に出て行った場合に「大丈夫なのか」と心配してしまいます。自国民中心主義の歴史教育に堕してしまう点ではトルコも例外ではないようです。

さらにエスニックの点からも、トルコ政府は他民族に対する極めて差別的な態度をとっていると著者は指摘します。たとえば、「アフガニスタンからの『トルコ系』難民は喜んで受け入れ、耕地を与えるなどしたトルコだが、クルド人難民は『招かれざる客』であり、イラン政府と交渉して一部をイランに受け入れさせた」事実などが挙げられます。クルド語はトルコ語の「方言」に過ぎないとする、トルコ政府の姿勢は、口では“誰もが平等なトルコ人”と言っているが、実際には、トルコ系民族を露骨に優遇しているだけという、建前と本音が大きく解離している実態を覆い隠しているのだといえるかもしれません。

また、本書では宗教上の事情も少しですが紹介されています。たしかに、トルコ共和国建国の父ムスタファ・ケマルは近代化(世俗化主義化)を目指していました。しかし、当たり前といえばそれまでですが、トルコ人の日常生活においては、ムスリムとして他のムスリム諸国との連帯感や、ムスリムとそれ以外といったような、ウチとソトとを区別するアンデンティティの作用が働いているようです。

トルコ中央政府に対して辛い指摘が本書では続きますが、著者の体験をそのまま信じるとするならば、単なる官憲から不快な対応を受けたという以上の、身の危険や言語学研究の道が断たれかねないような状況にまで著者は直面していることになります。トルコ政府の役人やトルコ政府寄りの知識人(トルコ政府の弾圧により、「クルド人寄りの知識人」はそもそもトルコ国内で活動するのが難しいのですが)からの、著者に対する露骨な「介入」の数々に、日本の読者としては背筋が凍る思いもします。もちろん、日本にもマスコミなどが触れることのできないタブーはそれなりに存在しています。それでも、本書を読んで、カルチャー・ショック(あるいは恐怖)にわたし(飯島)は襲われました。

なお、読書会の場では、総じて、言語学研究にだけに特化する著者の姿勢は、なんでも言語学的に解釈してしまう“言語学還元主義”に陥っていないかとの意見も出されました。政治・経済分野には門外漢だとしてそれらの問題にあえて触れない、著者のある種の禁欲的な姿勢に対する評価は難しいところですが。

総じていえば、本書は主にトルコ国内の話に限っており、しかも旅行記風に書かれていますが、日本ではなかなか対面することのない(もちろん、わたしは在日外国人の存在を忘れているわけではありませんが)、”民族問題”の奥深さを肌でリアルに体感するには格好の入門書だと思われます。トルコ政府の「介入」に対する、著者の立ち振る舞い(や遣り取り)はなかなか面白く、それはそれで著者による民族問題へのひとつの見識を提示しているように思われます。ぜひご一読を。

【文責:飯島】

2015年10月17日土曜日

次回の読書会は10月20日(火曜日)です


次回の読書会

○日程:1020日(火曜日)1930分から
 
※普段よりも開始時刻が30分遅いので、お間違えのないようご注意ください。

○場所:キャンパスプラザB312(TOSMOSの部室)
   ※なお、部室(キャンパスプラザB棟)へのアクセスについては、下記のリンク先の地図を参考にしてください。http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam02_01_43_j.html
○テキスト:小島剛一著『トルコのもう一つの顔』(中公新書 1991年)
 
※上記のテキストの全体を扱いますので、図書館で借りるか購入する(740円+税)などして、各自でテキストを入手のうえ、できれば読んできてください。

○報告者:TOSMOS会員

○テキストの内容紹介:

<言語学者である著者はトルコ共和国を1970年に訪れて以来、その地の人々と諸言語の魅力にとりつかれ、十数年にわたり1年の半分をトルコでの野外調査に費す日日が続いた。調査中に見舞われた災難に、進んで救いの手をさしのべ、言葉や歌を教えてくれた村人たち。辺境にあって歳月を越えてひそやかに生き続ける「言葉」とその守り手への愛をこめて綴る、とかく情報不足になりがちなトルコという国での得がたい体験の記録である。>(『トルコのもう一つの顔』カバー紹介文より)

なお、今後の学習会等の際には適宜、終了後に駒場祭に向けた打ち合わせも行う予定です。)

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 TOSMOSは、現代社会の様々な問題について、その本質を究明し、解決の道筋を考える東京大学の学術文化系サークルです。
 国際情勢、国内情勢、政治、経済、科学、生命倫理など、さまざまなテーマに関して、学習会、読書会、合宿などを通じて理解を深める研究活動をしています。もし多少でも興味がありましたら、一度わたしたちの活動を見学してみませんか?TOSMOSでは現代社会について一緒に研究する新入会員を募集しています。
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前回(1013日)の集まりでは、インド北東部のナガランド訪問報告会をおこないました。報告者の方、お疲れ様でした。現地で撮影した写真も盛りだくさんで、興味深い報告となりました。

インドを訪れる日本人は少なくありません。しかし、アッサム地方以外のインド北東部にまで足を運ぶ人は極めて少数派ではないでしょうか。地図をみれば、ナガランドを含むインド北東部は、インドからはみ出した飛び地のように、ネパール、バングラデシュ、中国、ミャンマーとブータンとに挟まれるかたちで存在しています。政治的にはインドの一部でありながら、人種、文化も他のインド世界とは異なるうえに、独立運動も続いています。そんなインド北東部のなかでも特に、ナガランド地方は、数年前まで外国人が入ることが難しく、景勝地などの観光資源に乏しい山奥の州でもあります。このように、同地域は、第二次世界大戦での日本軍によるインパール作戦の展開地域ではありますが、われわれ日本人にとって馴染みの薄い地域であることは確かです。それだけに、今回のナガランド訪問報告会は貴重なものとなったでしょう。

ナガランドの州都コヒマの様子は、当日上映された写真からも伺えたように、ゴミが路上に撒き散らされて悪臭が立ちこめるということもなく小奇麗な街でした。物乞いや浮浪者、路上生活者もまったく見られない。オートリキシャも見かけず、インドの他の地域とは雰囲気が異なるとのことです。宗教的にもヒンドゥー寺院や祠も見られず、ナガ人の多数派キリスト教徒なので、教会を多く見かけました(写真からはかなり立派な建物に見える)。民族衣装を着ている人は中年以上の女性以外にはあまりみられず、大半の人は洋服を着ていて、日本的な基準からしても「オシャレ」に見えるとのことでした。

政治的には、独立武装闘争が長らく展開されてきたこともあってか、軍人をよく見かけたとのことです。独立運動鎮圧のためにインド中央政府から投入されたアッサム・ライフル連隊の駐屯地が各所にありました。また、ナガランド特有の問題として「国内移民問題」があります。すなわち、インド北東部はインドの他の地域と違って、インド国籍を持つ者が入域や居住に許可が必要な場合があるのです。現に、報告者は、コヒマに着いた日に買った新聞でナガランドの国境に近いアッサム地域のティマプールでインド人が「不法移民」として逮捕されるという、「奇妙な」ニュースを見たそうです。

今回の報告会は、報告者が度々インドを訪れているだけに(インド北東部は初めて)、単なる観光に留まりませんでした。ナガランドが置かれている地理的・政治的な複雑な側面を的確に捉えており、それだけに、ナガランドの人々の生活の息づかいまでに肉薄した訪問記となっていました。

【文責:飯島】

2015年10月11日日曜日

次回の集まりは10月13日(火曜日)です


 TOSMOSでは、1013日(火曜日)に、下記のとおり「報告会」をおこないます。なお、次回の報告のテーマの「ナガランド訪問報告」は、当初の予定では、前回(107日)におこなう予定でしたが、前回は予定を変更して、インド北東部の他の州(主にアッサム地域)についての報告となりました。見学自由・参加無料ですので、1013日(火)はぜひ、お気軽にお越しください

【次回の集まりの詳細について】

○日時:1013日(火)1900分から

○報告者:TOSMOS会員

○テーマ:ナガランド訪問報告――インド北東部の現状
 

○場所:キャンパスプラザB312(TOSMOSの部室

※なお、部室(キャンパスプラザB棟)へのアクセスについては、下記のリンク先の地図を参考にしてください。http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam02_01_43_j.html

○報告者による内容紹介:
今夏インド北東部を旅行した部員による主にナガランド(コヒマ)の現状の報告です。日本ではインド旅行者にもあまり知られていないエリアで、長らく独立運動に伴う紛争により入域を制限されてきました。報道でも触れられることがないこの地域の現状はいかなるものかを、見てきたこと聞いてきたことを過去の歴史を踏まえて発表します。国際問題、少数民族問題に関心ある方また単に旅行好きの方も奮ってご参加下さい。
 
 なお、今後の学習会等の際には適宜、終了後に駒場祭に向けた打ち合わせも行う予定です。)

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 TOSMOSは、現代社会の様々な問題について、その本質を究明し、解決の道筋を考える東京大学の学術文化系サークルです。
 国際情勢、国内情勢、政治、経済、科学、生命倫理など、さまざまなテーマに関して、学習会、読書会、合宿などを通じて理解を深める研究活動をしています。もし多少でも興味がありましたら、一度わたしたちの活動を見学してみませんか?TOSMOSでは現代社会について一緒に研究する新入会員を募集しています。
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さて、TOSMOSでは、822日から24日までの23日の日程で、千葉県南房総市大房岬自然の家という施設にて、夏合宿をおこないました。夏合宿に参加の皆さん、お疲れ様でした。以下、遅くなりましたが、夏合宿のまとめを試みます。

夏合宿では、TOSMOSの駒場祭企画である「クルド人と考えるIS問題と中東の未来」に向けての準備として、学習会・読書会・映画鑑賞会をおこないました。すなわち、読書会では『クルド人 もうひとつの中東問題』(川上洋一著 集英社新書 2002年)を取り上げ、学習会(計2回)では「日本政府の難民政策とクルド人難民」と「クルド問題の基本――隠された中東問題再考」と題して、読書会も含めていずれもTOSMOSの会員が報告をおこないました。

まず、読書会では、テキストの著者の言葉として、「クルド人は祖国なき最大の民」(川上洋一)であることを確認しました。すなわち、トルコ・イラク・イランの三カ国(シリアを含めれば四カ国)にわたって居住しており、推定人口は2500万人にものぼり、独立や自治を求める闘争の歴史は20世紀初頭にまで遡ることができる。そして解放ゲリラ闘争を展開するクルド人とそれを軍事的に抑圧する各国中央政府との双方の犠牲者は数十万人を下らない。それらの点からも、「クルド問題は、発生の年代の古さも規模の大きさも根の深さも、パレスチナ問題をしのぐ」(川上)ことを確しました。そして、クルド人の“闘争”の歴史を振り返りつつ、クルド関連政党の指導者と構成員の政治・社会活動のプロセスを俯瞰しました。

続いて、「日本政府の難民政策とクルド人難民」と題した学習会をおこないました。そこでは、国際的な難民条約体制と日本の難民受け入れ体制について学習しました。そもそも「難民」の定義(「難民の地位に関する条約」=いわゆる「難民条約」 1951年採択)とともに、難民条約における難民の定義の特徴を確認しました。すなわち、「迫害を受けるおそれがある」という客観的な要素とともに、その「迫害」が「十分に理由のある恐怖」を伴うという主観的な要素の両方が必要とされている。そのため、難民として認定されるためには、その難民が感じた恐怖のみでは十分ではなく、迫害につながった事実の認定までが必要とされている現実があります。ここでいう「迫害」の理由として、人種・宗教・国籍・特定の社会集団・政治的意見の五つのカテゴリーを認めています。したがって、この五つのカテゴリーにあてはまらないような、戦争・内戦や自然災害に起因する難民や、いわゆる経済難民や環境難民等は、難民条約上は「難民」にはあたらないとされています。

そして、報告者は、難民認定手続きと難民に保障される権利はどのように規定されているのかについて詳しく触れました。スペースの関係で割愛しますが、難民に与えられる待遇でもっとも重要とされている、「ノン・ルフールマン原則」(難民条約33条)に言及しました。この原則は、「締結国は、難民を、いかなる方法によっても、人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見のためにその生命又は自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放し又は送還してはならない。」とするものです。

また、日本政府の難民受け入れ体制の変遷と難民認定状況の推移をたどりながら、「日本は難民に冷たい国」と批判される、その理由を考えました。その理由として、様々挙げられますが、とくに、立証責任をめぐっては、日本政府は、難民申請者に対して立証責任を全面的に押しつける建前論を展開するのが通例となっていて、そのことが、日本の難民認定率の極端な低さという結果としてはねかえる一因となっているといえるでしょう。数値でみれば、それは歴然としています。たとえば、2014年では、難民認定の申請者数5000人に対して、難民庇護を受けた人は11人に過ぎないという現実があります。

さらに、夏合宿では、クルド人難民問題を考えるうえで格好の映像作品として、ドキュメンタリー映画『バックドロップ・クルディスタン』(監督=野本大 2007年)を鑑賞しました。あらすじは次のとおりです。映像系専門学校へ通う22歳の野本監督は、2004年にひょんなことからクルド人難民のカザンキラン一家と出会う。カザンキラン一家は、度重なるUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)との衝突の末、やっと「難民」の認定を勝ち取ったはずだった。しかし、カザンキラン一家の父親と長男は、日本政府の手によって、出身国・トルコへと強制送還され、一家は離散(の危機)に直面する。なぜこんなことが起こったのか、どうしても理解できない野本監督は、カメラを片手に彼らを追いかけてトルコへと旅立つ。その先で、野本監督が知った衝撃の真実とは…。

この作品を観たわたし(飯島)の感想は、「素晴らしい」の一言でした。紋切り型の声高な問題告発型の映画とは異なり(それが一概に悪いとはわたしは思いませんが)、監督自身の素朴な“迷い”や“弱さ”から目を背けずに、むしろ自身の心の揺らぎに忠実な(あるいは、安易な「通念」でごまかさない)姿にわたしは深い感銘を受けました。そのことが、作品が秀逸なロードムービーに仕上がっていることの一因となっているのでしょう。この作品が個々の難民が精神的に物理的に置かれている具体的で多面的な状況を通して、難民問題一般の“深層”にまで辿りついています。そして、観客に対して、「あなただったら、どうする?」と問いかけ、考える作業を迫る(つまり“汗”をかかせる)作品内容となっていました。必見です。

夏合宿の最後に、「クルド問題の基本」と題して、クルド人をめぐる基礎知識について学習会をおこないました。まず、そもそもクルド人に関する報道は断片的であり、イスラームと比べても一般的な解説は少ない。特に日本の報道環境では、トルコが親日的であることから、トルコ政府に反抗的なクルド人は否定的に報道されることが大きいという事情があると、報告者は指摘しました。さらに、クルド人の基本データ、クルド前史、トルコ・イラク・シリア・イラン各国のクルド人問題に触れつつ、クルド人と日本との関わりにまで言及しました。

特に、報告者は、日本政府と日本の中東研究者によるクルド人問題への態度に対してかなり手厳しく批判しました。先述のように、日本はそもそも難民の受け入れには及び腰です。その点で、「難民条約加盟国としての先進国・日本」というのは「見事な看板倒れ」であると言えますが、母国を脱出しようとする難民は難民受け入れの看板を信じるしかないために、文字通りの悲劇が起きることになります。本来であれば、難民受け入れに積極的な欧州(特にドイツや北欧)に行きたいと願っているが、限られた選択肢のなかでのギリギリの選択として、一定のクルド難民は不幸にも行き先を日本にしてしまうことになります。そのことを鑑みても、さらに入管による外国人収容や抑圧国への強制送還をおこなうというように間接的にクルド人の弾圧に手を貸しているという意味でも、報告者は日本を「抑圧の共犯者」であると糾弾します。せめて加盟国の義務として、難民条約に加盟している他の国への亡命を斡旋すべきだが、それを怠るばかりか、劣悪な入管の収容所に押し込め、ある日突然本国に強制送還するように、「人権侵害に手を貸している」と指摘します。

さらに、トルコ政府はクルド人を「山岳クルド人」と呼び、公式的にその存在を否定してきたわけですが、それに倣うかのように、「山岳クルド人」として、クルド語をトルコ語の「方言」だと「解説」する、日本の一部の中東研究者の姿勢を批判しました。そして報告の最後で、トルコを中心とした最近の中東の動向を振り返りながら、ダーイシュ(「イスラム国」)の動向に触れつつ、現在クルド地域政府の自治が徐々に拡大が進んでいるのでは、との展望を示しました。

 以上、かなり長くなりましたが、TOSMOSの夏合宿の模様をまとめてみました。

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ここで、わたし(飯島)自身の、夏合宿に参加して考えたことを述べてみたいと思います。

先述のように、クルド人の存在を「分離主義」だとして、その存在を認めないトルコ政府は、クルド人を「山岳クルド人」と名づけて、真正な「トルコ人」に融合させようしています。その一貫した(あるいは硬直的とも言える)姿勢がわたしは気になりました。それは、「自分をトルコ人と呼ぶ人間は幸せだ」という台詞に象徴的にあらわれていると感じます。この台詞は、トルコ建国の「父」であるムスタファ・ケマル自身が1933年にトルコ共和国建国10周年の演説の結びで叫んだ言葉だとのことです。

この「自分をトルコ人と呼ぶ人間は幸せだ」という合言葉は、映画『バックドロップ・クルディスタン』のなかでも、野本監督がトルコの首都アンカラでトルコ人からたびたび聞かされています。彼(女)らがなんの屈託もなく(ためらいもなく率直に)語っている様子からも、その合言葉の持つ「呪縛」は相当に強力だといえます。その言説は、クルド人の存在を消去させるように流通し、機能しているとわたしは想像します。

夏合宿のテキストの『クルド人 もうひとつの中東問題』でも、著者がある高名な社会学者の言葉として紹介しています。すなわち、<トルコ公式イデオロギーは一貫して執拗に「クルドという人々、クルドという言語は存在しない」と主張し続けている。われわれが一口にケマル主義と呼ぶこのイデオロギーの第一の側面は、臆面もない反クルド主義である。人種差別主義であり、植民地主義である。>(p176)と。

もちろん、トルコを訪れたこともなく、トルコが置かれている国内外の情勢に精通しているわけでもない、わたしがトルコ政府の「国是」を安易に批判できるわけではないことは重々承知しています。しかし、一国家がある特定のイデオロギーを人民に強いることの危険性に警戒心を持たないわけにはいきません。ここで言われている「トルコ人」とは、トルコという一領域に居住している人間を指す言葉以上の、上位概念的な意味合いが付与されているのではないでしょうか。単にトルコに暮らしていれば、真正な「トルコ人」になれるわけでないのでしょう。いわば、「規範」としての「トルコ人」という言説が発する一種の“暴力”や“抑圧”の存在に敏感にならざるをえません。

たしかに、1920年代から30年代までのトルコ建国初期の困難な状況のなかで、国民統合の論理としてあえて用いらざるをえない事情もあったかもしれません。しかし、現在もなお、その論理にしがみつかなければならないとしたら、先述のカザンキラン一家のような、様々な悲劇や困難を呼び寄せてしまう。それがクルド人をめぐる一連の問題群として発生してしまっているように、わたしには思われます。

<誰が「トルコ人」なのか>という問いは、同時に<誰が「トルコ人」では無いのか>を意味します。「統合」の論理は、それゆえに同時に「排除」の論理を召喚してしまう。つまり、「いい加減、<自分をトルコ人と呼ぶ人間は幸せだ>とふれまわることには慎重であるべきだ」とわたしは言いたいのです。

はたして国家が「真・善・美」に象徴されるような、価値判断を伴う「規範」を語ることを素朴になしえてよいのかどうか。そのことは、翻ってトルコ国内だけでなく、トルコから遠く日本社会にもあてはまる、より普遍的な問題でもあるとも思われます。いま日本の首相を務めている安倍晋三氏は、そのタイトルが意味深長な著書『美しい国へ』(文春新書 2006年)のなかで次のように述べています。

すなわち、<心の底から、かれら(外国人――引用者)とコミュニケーションととろうと思ったら、自らのアイデンティティをまず確認しておかなければならない。なぜなら、かれらは《あなたの大切にしている文化とはなにか》《あなたが誇りに思うことは何か》《あなたは何に帰属していて、何者なのか》――そうした問いをつぎつぎに投げかけてくるはずだからだ。かれらは、わたしたちを日本人、つまり国家に帰属している個人であることを前提としてむき合っているのである。>(p92)と。

著書を通じて、<日本人としての自信と誇りをもてる「日本人」たれ!>と安倍氏は読者に呼びかけているわけですが、ここでいう「日本人」とは、日本国土に居住していること以上の意味が付与されていることは言うまでもないでしょう。つまり、日本国土に居住してはいるものの、真正な「日本人」になりきっていない日本居住者がいることを暗に想定していることが伺えます。安倍氏は、「日本人」を僭称することをめぐる文字通りの「争い」に手を出しているわけです。

そんなマヤカシの政治的「争い」に付き合うなと忠言してくれる人もいるかもしれませんが、安倍氏の言う「美しい国」への対抗措置として、あえて「誰が日本人なのか」と問うてみるとき、わたしは日本国憲法を参照せずにはいられません。つまり、現行の日本国憲法が現在の「日本人」の構成要素となっていると言いたい。その点に関して、著名な社会学者の橋爪大三郎氏は自身の著書のなかで次のように述べています。

すなわち、<戦後は日本国憲法というテキストがあるものの、これは無色透明で、第九条以降を読んでもどこの国の憲法なのかわからない。その前の第一条から第八条までのところに天皇のことが書いてあるので、日本の憲法だとわかるが、これは戦前を何となく引きずっているだけ。皇国史観みたいに日本のアイデンティティを主張するイデオロギーの要素は皆無。そんなわけで、日本国憲法をいくら読んでも、「日本人とは何か」に関する答えは得られないのです。>(『政治の教室』 講談社学術文庫 2012年 p100

橋爪氏は皮肉たっぷりに述べていますが、わたしは「それだからこそ逆に、望ましい。」「その無色透明な装いが心地よく響く。」と返したい。わたしは、「憲法愛国主義」と揶揄されようとも、日本国憲法は、ヨーロッパの立憲主義の成立過程、具体的にはイギリスの名誉革命、アメリカの独立宣言、フランス大革命やロシア社会主義革命をはじめとした一連の民主主義の成立過程(手痛い失敗も含めて)を通過した、人類史の到達点としての優れた“結晶体”であると考えます。

その要諦は、国家がある固有の価値(判断)を人民に押し付けることをできるだけ回避することにあるといえます。無色透明な中性国家は実在しうるのか、という問題もあるでしょうが、少なくとも国家は「規範」を語ることに禁欲的であらねばならないのです(しかも、憲法が人民による統治権力への命令だとする立憲主義の立場にたつならば、国家が「規範」を語るべきではないことはなおのこと当然だと思えます)。

たしかに、日々の日常生活の場面で、「何が適正なのか」という価値判断を他者に代行してもらいたい誘惑にわれわれは駆られることでしょう。政治的な意思決定の場面で、「何が正当なのか」ということを他者から指し示してもらいたい衝動にわれわれは駆られることでしょう。

しかし、日本国憲法はただ次のように述べるだけです。たとえば、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」(第13条)、あるいは「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」(第19条)など。

”禁欲的”な条文が多数を占める日本国憲法を読んだ人は(ただし、前文や第九条に対して特別な感情を抱く人もいるでしょうが)、文字通り荒野に放り出された気分になるかもしれません。たしかに、わたしは憲法をめぐる様々な議論に精通しているわけではありませんし、直観的なかたちで述べるに留まりますが、「だからこそ憲法は、真実を指し示し、美しく、善いのだ」と語る欲求を抑えることができません(その点で、わたしは「真・善・美」の「規範」に抵触しているわけで、「矛盾」していることには自覚しています。また、そもそも「規範」を語ることが国家の存在理由なのだとしたら、そのことについて国家に自重を求めること自体、滑稽な行為に過ぎないのかもしれませんが)。

ところで、お前は「郷土を愛する情念」を否定するのかと問われるかもしれません。たしかに、個々人がそのような情念をどれほど強く持とうが結構だと思います。それは個々人の勝手です。

しかし、国家が人々の持つそのような情念を統合して政治的に利用することにつながる「愛国主義」には警戒すべきだと強調したいです。議論が飛躍するかもしれませんが、『オリエンタリズム』などの著作で有名なエドワード・W・サイードが、著書『パレスチナとは何か』(写真:ジャン・モア、訳:島弘之 岩波現代文庫 p298)のなかで、ウィリアム・ハズリットという英国ロマン派の批評家の言葉を引用しています。ここでその言葉を孫引きします(もちろん、クルド問題とパレスチナ問題とを同列に論じることはできないわけですが)。
 
ハズリットは「愛国主義」を「憎むことの歓び」だと特徴づけますが、それが「宗教の核心へと食い込み、それを根強い不快感や偏執に変える」ことにある、とサイードは理解します。ハズリットは「そのために愛国主義は、他の土地に火災・疫病・飢饉をもたらすための口実となり、その結果、効力を保つものといえば、疑心暗鬼の精神と、他者の行動や動機に眼を光らせる偏狭で嫉妬深く詮索好きな警戒心ばかりである」と述べていますが、サイードはそのような「愛国主義」が、「レバノン、イスラエル、イラン―そして、この三国すべてと深く関与してきた歴史を有する合衆国―に蔓延している宗教的熱狂とナショナリズムとのあのおぞましい混合に対して、これらの言葉が、そっくりそのままあてはまることは、あまりにも明白である。」と指摘しています。わたしはそこに、日本の安倍氏が唱導する「美しい国」や、トルコの「自分をトルコ人と呼ぶ人間は幸せだ」という合言葉の末路をみる思いがします。

夏合宿の主題である、クルド人難民をめぐる問題からだいぶ逸れてしまいました。ただ、人々をある一定の方向に統合し排除する、「国民」形成の原理が駆動することで一体何がもたらされるのか。少なくとも、クルド人問題はそのケース・スタディの「格好」の材料を悲劇的なかたちとしてわれわれに提供してくれているのではないでしょうか。

皆さんはどう考えますか?

【文責:飯島】

 

2015年10月3日土曜日

次回の集まりは10月7日(水曜日)です

 次回の集まりの詳細は下記のとおりになります。興味がある方はどうぞご自由にお越しください(参加無料)。

【次回の集まりの詳細について】

日時:10月7日(水)19時00分から

場所:キャンパスプラザB312(TOSMOSの部室
※なお、部室(キャンパスプラザB棟)へのアクセスについては、下記のリンク先の地図を参考にしてください。http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam02_01_43_j.html

テーマ:ナガランド訪問報告―ーインド北東部の現状
 
報告者:TOSMOS会員

報告者による内容紹介:
 今夏インド北東部を旅行した部員による主にナガランド(コヒマ)の現状の報告です。日本ではインド旅行者にもあまり知られていないエリアで、長らく独立運動に伴う紛争により入域を制限されてきました。報道でも触れられることがないこの地域の現状はいかなるものかを、見てきたこと聞いてきたことを過去の歴史を踏まえて発表します。国際問題、少数民族問題に関心ある方また単に旅行好きの方も奮ってご参加下さい。

なお、今後の学習会等の際には適宜、終了後に駒場祭に向けた打ち合わせも行う予定です。)

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 TOSMOSは、現代社会の様々な問題について、その本質を究明し、解決の道筋を考える東京大学の学術文化系サークルです。
 国際情勢、国内情勢、政治、経済、科学、生命倫理など、さまざまなテーマに関して、学習会、読書会、合宿などを通じて理解を深める研究活動をしています。もし多少でも興味がありましたら、一度わたしたちの活動を見学してみませんか?TOSMOSでは現代社会について一緒に研究する新入会員を募集しています。
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 前回(927日)の集まりでは、インド・ネパール訪問報告会をおこないました。報告者の方、お疲れ様でした。現地で撮影した写真も盛りだくさんで、興味深い報告となりました。報告者は初めてのインド・ネパール旅行であり、カルチャー・ショックは相当なものだったようで、なかなか面白い「道中記」となりました。
 
  報告者は、インド入国直後にはいきなり日本に帰国したくなるような、日本の「ジョーシキ(常識)」が通用しない世界に放り込まれたような思いをしたそうです。熱を出して寝込むなど、苦労しながらの旅だったとのこと。頻発する(計画?)停電は想定内だとしても、排泄物と排気ガスが混じった異様な臭いに苛まれつつ、物乞いにしつこくつきまとわれ、路上の(狂犬病の?)野良犬に吠えられ、中国人と間違えられ現地語で罵倒され、賄賂を請求されるなど、報告者自身の言葉を借りれば「問題が多すぎてとても解決できそうもない」世界がインド・ネパール社会だとの感想を持ったようです。
 
  それでも、ネパールの首都カトマンズは、自然豊かで、接した人がみな笑顔で対応してくれて、下心もなく、飯もうまかったとのことです。ネパールでは、今年4月に発生した大震災の痕跡は随所に残っていたが、それでもネパールの人々は活気づいていた印象を持ったそうです。そんな、うれしい「誤算」もあったようです。
 
  もちろん、「インド社会」(そして「ネパール社会」も)と一言で言っても、その実相は多様であり、短期滞在でその全体像がつかめるものではないことは言うまでもありません。インドは、ブラジル、ロシア、中国、南アフリカと並んでBRICSと呼ばれる、経済成長著しい国でもあります。また元来、様々な人種・宗教・思想が入り混じった、経済指標だけではわからない、魅力で“豊かな”社会であることは言うまでもありません。ともあれ、今回のインド・ネパール旅行は、報告者にとって貴重な人生経験となったようでした。

 さて、次回(107日)の活動も引き続きインド訪問報告となります。前回の報告者とは別のTOSMOS会員が、盛りだくさんの写真を交えてながら報告します。今回の報告会とはまた違った内容の報告が期待できそうで、楽しみです。

【文責:飯島】