2013年5月31日金曜日

次回の学習会は6月5日(水曜日)です

 次回は6月5日です。テーマは「国際社会における法の支配」です。形式としては、報告者(現社研の所属会員)による発表形式をとります。そのため、次回は読書会形式ではありませんので、指定テキストは特にありません。詳細は下記のとおりです。皆さんの奮っての参加をお願いします。

学習会

テーマ
「国際社会における法の支配」

日時
6月5日(水曜日)18時30分〜

場所
キャンパスプラザB312(B棟3階 現社研部室)


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現社研は、会員それぞれの個性と問題意識を尊重しつつ、幅広い視点から、現代社会を複合的に捉えることを目指して活動しています。4月の新入生歓迎期間は終了し、現社研は通年どおりの活動に戻っていますが、引き続き、現社研の学習会・読書会への見学を歓迎しています(もちろん、新入会員も随時募集しています)。

次回(6月5日)は発表形式をとりますので、文献を事前に読んでくる必要もなく、予備知識なしでも大丈夫です。事前登録も必要ありませんので、お気軽に部室までお越し下さい。

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さて、今回(529日)の読書会のテキストは水町勇一郎著の『労働法入門』(岩波新書)でした。報告者の方はお疲れ様でした。普段、法律書などを繙く習慣のない(法律に対して苦手意識が強い)私にとって、この本は「入門」と謳っているように、法律の学習への橋渡しに適ったものでした。とくに、将来社会人となる私たち学生にとって、労働法は「基礎知識」とも言える存在だけに、労働法の食わず嫌いは大きな損失といえるでしょう。私は、恥ずかしながら、「解雇権濫用法理」「不当労働行為」「36(さぶろく)協定」「ユニオン・ショップ」などの用語は、マスコミ等で耳にしたことはあるけれども聞き流してしまっていて、正確な理解を怠っていたと反省すること度々でした。それだけに、今回の読書会は労働法に触れる貴重な機会だったと思います。

今回の学習会では、主に次の点が議論となりました。すなわち、①日本における、近年みられる労働市場の規制緩和の動き、②日本における、労働問題について裁判所の利用件数の少なさ、などでした。

まず、①については、労働者派遣法(1985年制定)などに象徴されるように、使用者側の意向のみを反映させるような動きが見られます。その動きは、一部の労働者には利点もあるかもしれませんが、総じて、労働者側にその弊害が生じているのが、実態ではないでしょうか。使用者側は労働者の雇用を維持するという“責任”を放棄して、利潤追及のみに邁進しているのは、それが使用者側のある種の「宿命」だとしても、好ましいものとはいえないでしょう。

また、②については、労働問題について裁判所の判断を仰ぐことが労働者側にとって依然として壁が高く難しいという現状があります。労働審判制度の導入などで一応の改善もみられるのかもしれませんが、労働組合の形骸化・弱体化が進むなかで、労働者が泣き寝入りをしないための制度設計が求められます。

生涯にわたっていくつもの職を転々とする欧米型の雇用形態と、一生涯同じ会社を勤めあげる長期雇用慣行が特徴の日本型の雇用形態とがよく比較対照されます。自由さのある代わりに自己責任の強い欧米型のほうが望ましいとされますが、しかし、当の欧米人も「就職するならば長期雇用のほうがより望ましい」と答えるという話も耳にします(ある種、当たり前の話ですが)。「どちらが良くて、どちらが悪い」という話ではないのでしょう。

労働法のそもそもの目的は、使用者側に対して労働者側が経済的など様々な点で不利な立場にあるという、力関係の非対称を是正することにあります。「労働法は不要であり、民法だけで対処可能だ」という、使用者側からの発言も近年話題となっています。しかし、19世紀から今世紀に至る、脈々と受け継がれ発展してきた労働法の成果を安易に手離すことは、労働者にとって大きな損失となると私は考えます。労働法の”無効化”が進もうとしている現在、マスコミ報道などを通じて、これらの動きを注視していきたいです。

【文責:飯島】

2013年5月24日金曜日

次回の読書会は5月29日(水曜日)です


現代社会研究会(現社研)の皆様、5月22日(水曜日)の学習会はお疲れ様でした。

さて、次回の現社研の活動は引き続き読書会となります。水町勇一郎著『労働法入門』をテキストに選び読書会をおこないます。以下が詳細です。「読書会」では、参加者はあらかじめ指定された文献(ここでは、水町勇一郎著『労働法入門』)を事前に読んできたうえで、参加に臨むかたちをとります。指定された文献については、書店もしくは図書館で事前に入手してください。当日は、報告者が要約レジュメを作成・報告し、その後に参加者みんなで議論します。さらに、当日の報告では、最近の労働問題の事例なども、ピックアップして報告する予定です。ただし、指定文献を読むことができない場合でも、参加はもちろん可能です。奮っての参加をよろしくお願いいたします。


テキスト:水町勇一郎『労働法入門』
     (岩波新書 800円+税)

日時:5月29日()18時30分から

場所:キャンパスプラザB312
  (現社研の部室 キャンパスプラザB棟3階)

〇参加費:無料

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現社研では新入会員を随時募集しております。一年生の方や、初めてこのブログを読んで関心を持った方など、ご自由にご参加ください。当サークルの日頃の活動の雰囲気を知りたいという方の飛び入り参加も大歓迎です。事前の登録等も必要ありません。途中入退出も自由です。お気軽に、部室にお越しください。なお、部室の場所がわからない場合には現社研のホームページ上にある連絡先にメールをしていただきますよう、お願いします。

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さて、今回(5月22日)の読書会のテキストはヴィクトール・W・フランクル著の『夜と霧』でした。原題が『心理学者、強制収容所を体験する』であることからも明らかなとおり、知られざる強制収容所の日常をごくふつうの被収容者(著者である、心理学者のフランクルも含む)の魂にどのように映ったのかを問おうとする著作です。

フランクルは、「人間はなにことにも慣れることができるというが、それはほんとうか、ほんとうならそれはどこまで可能か、と訊かれたら、わたしは、ほんとうだ、どこまでも可能だ、と答えるだろう」と述べているように、極限ともいうべき状況に人間が追い詰められたとき、いかに人間は振舞うのか、あるいは振舞うべきなのかを、心理学的な所見や人文学的な教養を下に、分析し描き出した、衝撃的な著作でした。

当日の読書会では、特にフランクルの強制収容所の体験をもとに、生きる意味について問い直しをおこなっている点に議論が集中しました。すなわち、「ここで必要なのは、生きる意味について百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題だ、ということを学び、絶望している人間に伝えなければならない。哲学用語を使えば、コペルニクス的転回が必要なのであり、もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。」とフランクルは述べています。そして、「生きることの意味」を問うのではなく、「ひとえに行動によって、適切な態度によって、」「生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けること」をフランクルは強調します。しかし、当日の読書会では、万人にそのような義務を課すことが適切なのかどうかが議論になりました。つまり、フランクルのような境地に達するのは少数者に過ぎず、われわれ大多数にそのような義務を課すことは酷であり、はたして意味あることなのかどうか疑問だということでした。

ただ、フランクルは、別の箇所では「精神の自由」について述べていますが、そこでは、「人は強制収容所に人間をぶちこんですべてを奪うことができるが、たったひとつ、あたえられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない。」とされています。「精神の自由」は、「あたえられた環境でいかにふるまうか」というレベルでは、万人に開かれているとも解釈できます。

そうは言っても、強制収容所という文字通り極限状態における人間心理を安易に普遍化できるのか疑問だ、という意見も出されました。訳者(池田香代子氏)のあとがきによると、「読者の選ぶ二十一世紀に伝えるあの一冊」のアンケートで、翻訳ドキュメント部門の第三位に本書が挙げられたそうです。なぜ、一般人の圧倒的大多数はその人生のなかで体験しないであろう、極限状態下での心理を描いた書物が人びとの心に突き刺さったのか、それは確かに考えるべき問題だと思います。総力戦の様相を呈した世界大戦下あるいは高度に発達した資本主義下における人間疎外が進んだ二〇世紀(とくにその前半)特有の世相が時代背景としてあったがゆえに、この書物が人びとに共感をもって迎えられた、という事情があったのかもしれません。その意味で、「時代の書」と言えるでしょうか。

以上、当日の報告と議論の模様をかなり乱暴ですが簡単にまとめてみました。名著は読むたびに新しい発見があると言われます。また、機会があるたびに読み返してみることで、より深い人生観に到達するような読後感が得られると思います。参加者の皆さん、お疲れ様でした。

【文責:飯島】

2013年5月13日月曜日

次回の読書会は5月22日(水曜日)です。


 現代社会研究会(現社研)の皆様、5月8日(水曜日)の学習会はお疲れ様でした。特に、報告者の方はご苦労様でした。

 さて、次回はヴィクトール・E・フランクル著『夜と霧』をテキストに選び読書会をおこないます。以下が詳細です。「読書会」では、参加者はあらかじめ指定された文献(ここでは、フランクル著『夜と霧』)を事前に読んできたうえで、参加に臨みます。指定文献については、書店もしくは図書館で事前に入手してください。なお、当日は、報告者が要約レジュメを作成・報告し、その後に参加者みんなで議論します。ただし、諸事情により、指定文献を読むことができなかった場合にも参加はもちろん可能です。奮っての参加をよろしくお願いいたします。
 
 

 なお、このテキストは、ある心理学者によるナチス・ドイツの強制収容所体験を綴ったもので、ファシズムとは何かを知る格好の書物です。「言語を絶する感動」と評され、人間の偉大と悲惨をあますところなく描き、日本をはじめ世界的なロングセラーとして600万を超える読者に読み継がれています。


テキスト:ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』(みすず書房)
 ※旧版(霜山徳爾訳)と新版(池田香代子訳)がありますが、いずれの版のものを読んできても構いません。

日時:5月22日()18時30分から
 ※5月の第3週(12日〜18日)はお休みです。ご注意ください。

場所:キャンパスプラザB312(現社研の部室 キャンパスプラザB棟3階)

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 現社研では新入会員を随時募集しております。一年生の方や、初めてこのブログを読んで関心を持った方など、ご自由にご参加ください。当サークルの日頃の活動の雰囲気を知りたいという方の飛び入り参加も大歓迎です。事前の登録等も必要ありません。途中入退出も自由です。お気軽に、部室にお越しください。なお、部室の場所がわからない場合には現社研のホームページ上にある連絡先にメールをしていただきますよう、お願いします。
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さて、今回(5月8日)の学習会のテーマは「日本外交について」で、日米安保と平和憲法の関わり合いについて主に報告がなされました。以下、当日の報告の内容を、確認の意味も込めて、ごくごく簡単に要約して振り返りたいと思います。

 憲法第九条を掲げる日本国憲法は「平和憲法」とも呼ばれます。いわゆる「護憲」といえば、日本では、憲法九条の改訂阻止をまず意味します。「護憲」派にも様々な立場がありますが、どうしても「平和への祈り」という議論に傾きがちで、そのことが情緒的で感情論的であると見なされることもあるようです。

 報告者は、そのような「平和への祈り」から議論を組み立てるのではなく、「いかにして戦争を回避するのか」、そのための真の意味での「国益」計算とその実行が必要だと主張します。すなわち、伝統的な従来からの主張を、「日米安保」論と「平和憲法」論に区別し、いずれの立場からも真の意味での「国益」を達成できないとします。「日米安保」論の問題点はいろいろありますが、「アメリカの顔をうかがうことしかでないため、外交政策の選択肢が著しく狭まる、日本独自の外交政策を立案できない。また、立案する工夫の能力を奪う。」などの批判を報告者は挙げています。また、「平和憲法」論の問題点もいろいろありますが、「一国平和主義、国内消費用の側面があったのではないか。対外政策の指針ではなく、対外的なコミットメントを制限する性格を持つ。『平和』とは現実の国際紛争の解決ではなく、非武装という理念に終始するもので、具体的な政策指針を産まない」などの批判を報告者は挙げています。

 そこで、報告者は、上記いずれの立場でもない「第三の道」を模索します。すなわち、「核武装」論と「積極的平和」論という立場を検討します。「核武装」論は「もはやアメリカは頼りにならない」から、対米自立を図る手段として核武装をするべしという立場です。しかし、「核武装」論はアメリカや中国の警戒を招き協力関係が崩れる要因となり、東アジアの火種となるとして、その立場は排します。

 そこで、報告者は比較的優れた立場として「積極的平和」論を提唱します。「積極的平和」論とは何か。それは各国と緊密に協力しつつ現代国際社会の抱える課題に積極的に取り組む立場とされ、具体的には、①(日中米の)安定的平和の構築への取り組み、②(アフガニスタン、ソマリアなどの)破綻国家への取り組み、③(北朝鮮の核保有など)世界的な核拡散の脅威への取り組み、④(地球温暖化など)の環境問題への取り組み、などの現代国際社会の抱える課題の解決を目指すものとされます。

 「積極的平和」論とは、国際平和が日本の国益に資するものだとされ、そのため、日本は国際関係の安定のために積極的にコミットメントすべきである。そのことが結果として、北東アジアの平和と安定につながり、日本の経済成長という「国益」にも合致するとされます。なぜ、国際平和が国益となるのか。その理由は、三点あります。第一に、自由貿易が世界中に拡大しつつあるのでわざわざ軍事力を用いて他国を侵略し市場を広げる必要性はない。第二に、資源を軍事力で奪うよりは外交努力による資源調達の多様性を担保したほうがコストが低い。第三に、軍事力を背景とせず国際的な発言力を持つためにはシステムの構築とその中でのイニシアティブをとるのが一番である。以上の理由です。

 報告者が「積極的平和」論を唱える意図は、日米関係の再定義にあります。すなわち、「日米同盟死守」というこれまでの日米安保論は、日米同盟という手段で何を達成するのかという目的が提示できず、むしろ手段が目的化してしまっているという弊害があります。大切なのは、日米両国が協力して何を達成するのか、その「作業目標」の構築が必要です。日米安保はあくまで「手段」であることへの認識が欠如しており、そのことなしに、日米同盟のこれからの維持と発展はありえないと、報告者は強調します。

 そこで、このような伝統的議論の落とし穴を回避するために、日米関係の再定義が求められるわけです。「安全保障」論も「平和憲法」論も国内にしか目を向けない視野の狭い議論であり、国際的な平和を実現するために日米安保をどう活用していくのかという視点が重要であって、国防としての日米同盟を否定する必要ではなく、むしろ日米同盟を二国間から多国間へと昇華させることが大切である、と議論を締めくくります。

 当日の報告は以上です。かなり粗い要約であり、報告者の意図を十分に汲み取ることができたとは思いませんが、詳しくは現社研の部室でまた議論していきたいと思います。

 私は報告者の一貫した主張には感服し、教えられることも多々ありました。ただ、私個人として疑問もないわけでありません。それは、報告者が退ける「平和憲法」論の問題点の指摘です。もちろん、「平和憲法」論が「平和への祈り」から出発していることを否定しませんが、日本国内へと議論が閉塞していき、多角的なマルチラテラルな国際関係の構築に背を向けてきたのか、といえば、事実とは異なると私は考えます(例えば、石橋政嗣『非武装中立論』など)。つまり、報告者の語る「積極的平和」論は「平和憲法」論がこれまで多種多様に論じてきた議論とむしろ重なる点が多いというのが、歴史的な事実だと思います。だから、議論するべきは、「積極的平和」論=「平和憲法」論(かなり乱暴ですが、私はイコールで両者を結びつけます)が、それでもなお、多角的な平和構築に必ずしも成功してこなかったのはなぜか、という点にあるのではないでしょうか。問題は「それでもなお」にあると思います。

 それは、逆に、「憲法九条が70年近くにわたってまがりなりも維持されてきたのはなぜか?」という問いにもつながるでしょう。もちろん、冷戦構造下での偶然的な要素にも左右されてきたでしょう。しかし、私は憲法九条を日本人の多くが憲法感情として支持してきたこと、憲法九条が軍国主義への単なる「反省文」ではなく不戦条約や世界人権宣言などの人類史的な営みとつながる世界史的意義を有しており、他国が不用意に蹂躙することが許されない意味を持っていたからではないでしょうか(例えば、ジャン・ユンカーマン監督『映画 日本国憲法』など)。

 報告者は「日本の国益を達成するためにアメリカを手玉に取るほどの交渉力を有するうべきだ」という趣旨の発言をしていました。もちろん、交渉力を磨くことの重要性を否定するつもりはなく、むしろ積極的に取り組むべき課題だと思います(例えば、国益うんぬんの議論は、小林直樹『憲法第九条』など)。しかし、優秀な外交エリートの力だけでは、アメリカの対極東軍事戦略との激突を制することができるとは思えません。その戦略の背後には、アメリカ国内の軍産複合体や多国籍企業の圧力もあることでしょう。言うまでもないことですが、状況は複雑にして混線しています。そのことが国益計算を難しくしています。

 様々な分野のエリートから人民大衆までの戦後日本の叡智を集めてきた「平和憲法」論によって、憲法九条は守られてきたわけですが、同時に他国(特に、冷戦期には米ソの超大国)の思惑に弄ばれて、多角的な平和体制の構築に成功を収めてきたとは必ずしも言い切れないのも確かでしょう。なぜ、戦後日本の叡智をもってすら、憲法九条の形骸化を許し、東アジアの軍事的な緊張を解くことができないのか。その理由を日本のパワー・エリートの交渉力の欠如だけに収斂していってよいのか(この点について、報告者も否定しないと思います。)

 以上、報告者に対する批判を書きましたが、私の理解力不足から来る誤解もあるかと思います。また、賛成できる点も多々ありました。例えば、「安定的平和の構築」の具体例として、米日中三カ国サミットや日米中韓露五カ国協議の開催や、歴史問題の解決として村山談話を再確認することやと友好条約における戦争責任の明記によって戦前の日本と戦後の日本との峻別を明確化するという提案などです。
 

 日本の外交政策について、現社研の場でも議論を引き続きおこなっていきたいと考えています。報告者をはじめとして参加者の皆さん、今後ともよろしくお願いします。
 

【文責:飯島】

2013年5月5日日曜日

次回の学習会は5月8日(水曜日)です


現代社会研究会(現社研)のサークルオリエンテーションや新入生歓迎企画にお越しの皆様、お忙しいところ、ありがとうございました。現社研のイベントはいかがだったでしょうか。現社研の日頃の活動内容について、多少なりとも具体的にイメージして頂けたならば、大変うれしく思います。 

さて、5月に入り、現社研は通常どおりの活動に戻ります。次回の学習会は58日です。テーマは「日本外交について」です。形式としては、報告者(現社研の所属会員)による発表形式をとります。詳細は下記のとおりです。皆さんの奮っての参加をお願いします。

 
○日時:58(水曜日)1830分〜2100分頃

○場所:現社研・部室(キャンパスプラザB棟312号室 3階

○テーマ:日本外交について

○報告者:現社研会員(文科三類2年)

○報告者による内容紹介:<日本外交を語る上で「安保vs.憲法」という枠組みが未だに根強く残っています。しかし、日米安保を維持発展させる立場にしても、平和憲法を守るという主張にしても、自分の主張を教条化するばかりで外交の全体像を欠くものであると言わざるをえません。そこで、伝統的な二分的図式に囚われることなく日本外交が真に国益最大化を目指すためには何が必要なのか考えます。>

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 現社研は、会員それぞれの個性と問題意識を尊重しつつ、幅広い視点から、現代社会を複合的に捉えることを目指して活動しています。5月に入り、現社研は通年どおりの活動に戻りますが、引き続き、現社研の学習会・読書会への見学を歓迎いたします(もちろん、新入会員も随時募集しています)。
 次回は発表形式をとりますので、文献を事前に読んでくる必要はなく、予備知識なしでも大丈夫です。事前登録も必要ありませんので、お気軽に部室までお越し下さい。

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【文責 飯島】


2013年1月14日月曜日

次回の学習会は1月18日(金)14時からです

 現代社会研究会(現社研)の皆様、1月10日(木曜日)の学習会はお疲れ様でした。特に、報告者の方はご苦労様でした。

今回の学習会では、山中伸弥氏のノーベル生理学・医学賞受賞で一層注目が集まった「再生医療」ですが、その手法のひとつである多能性幹細胞の仕組みを理解すると同時に、生命倫理面からの検討を加えました。

多能性幹細胞としては、ES細胞(胚性幹細胞)とiPS細胞(人工多能性幹細胞)などが挙げられます。これらの技術開発により、長足の進歩を遂げる再生医療ですが、生命倫理の面で懸念が残ります。ES細胞を樹立する場合には、受精卵ないし受精卵より発生が進んだ胚盤胞までの段階の初期胚が必要となりますが、受精卵を材料として用いることに生命倫理上の問題が生じます。そのため、ES細胞をめぐる倫理上の問題を乗り越える技術として注目されているのが、iPS細胞です。しかし、同性愛者間での妊娠・出産の是非や、同一人物の細胞から精子と卵子をつくり受精させて出産させることが可能となってしまうのではないかとの懸念がなされています。

このような問題を抱えつつも、移植のために人工的に臓器(肺・腎臓・脳など)をつくる技術開発は、従来の臓器移植をめぐる生命倫理上の諸問題をクリアするなど、大きな期待が寄せられています。心筋梗塞、脊髄損傷、火傷、骨折・関節症、筋ジストロフィー、糖尿病、腎不全などの治療にいかに効率的に活かすかをめぐる技術開発の「ロードマップ」を鑑みると、5年〜10年後には医療の様相を大きく変え、わたし達を取り巻く社会の在りようまでをも大きく規定していくのではないかと思われます。

いま、iPS細胞の実用化のために「iPS細胞バンク構想」が始動しようとしています。第三者から体細胞の提供を受けて、iPS細胞をあらかじめ作製し、備蓄・保管しておく体制づくりが今後要請されることでしょう。
 
現社研としても、再生医療をめぐる動向には今後も注視してきたいです。

  さて、次回の学習会のテーマは「道州制」です。
 
 国・都道府県と地方自体というヒエラルキーのなかで生じる無駄な二重行政をなくし、地方自治体が高コスト体質を脱却し、低コストでかつ軽いフットワークの実現のための手段として、道州制の導入に対して大きな期待が寄せられています。橋下徹・大阪市長の持論である「大阪都構想」もその動きの一環だと考えられます。
 
 しかしながら、はたして、道州制によって、地域の実情にあった多様な自治の形態を導入することが可能なのでしょうか? 公務員の大幅削減による余剰人員については、どうするのでしょうか? 本当に道州制だけで、膨大だとされる負債を清算できるのでしょうか? 
 
 道州制をめぐる様々な動きを俯瞰しつつ、その意義と問題点を明らかにして、<自治>のあるべき姿を参加者みんなで議論します。

 なお、次回の学習会(道州制について)は、報告者から報告をした上で、参加者全員で議論する予定です。そのため、参加者はあらかじめ指定された文献を事前に読んでくる必要はありません。奮っての参加をお願いします。



テーマ:道州制について

 
日時:1月18日()14時00分から
※開始時刻にご注意ください!!

場所:キャンパスプラザB312(現社研の部室 キャンパスプラザB棟3階)

〇参加費:無料


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 現社研では新入会員を随時募集しております。一年生の方や、初めてこのブログを読んで関心を持った方など、ご自由にご参加ください。当サークルの日頃の活動の雰囲気を知りたいという方の飛び入り参加も大歓迎です。事前の登録等も必要ありません。途中入退出も自由です。お気軽に、部室にお越しください。なお、部室の場所がわからない場合には現社研のホームページ上にある連絡先にメールをしていただきますよう、お願いします。

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【文責:飯島】

2013年1月8日火曜日

1月10日の学習会の会場を変更します

1月10日(木曜日)の学習会の会場が都合により変更となりました。

会場は「学生会館ロビー」(駒場キャンパス)です。次回の学習会は現社研の部室ではおこないませんので、ご注意ください。

当日は、サークル名(「現代社会研究会」)を書いた黄色の紙(B4程度のサイズ)を机の上に立てておきますので、それを目印にしてください。

なお、「学生会館ロビー」の場所がわからない場合には、現社研のホームページの連絡先へメールをお願いいたします。現社研の部員の者がご案内いたします。

会場の変更以外には変更はありません。よろしくお願いいたします。

●学習会
○日時
1月10日(木)18:30から

○場所
学生会館ロビー
【※場所が変更になりましたので、ご注意下さい。なお、ロビーでは他のサークルも活動していますので、「現代社会研究会」と書かれた、机上の黄色の紙を目印にして下さい。】

○内容
再生医療について

【以上】

2013年1月7日月曜日

次回の学習会は1月10日(木曜日)です

 東大現代社会研究会(現社研)の皆さん、あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 
さて、今年最初となります、現社研の学習会についてお知らせします。テーマは下記のとおり、「再生医療について」です。昨年の山中伸弥氏のノーベル生理学・医学賞受賞で一層注目が集まった「再生医療」ですが、医学をはじめとして、わたし達の生活に多大な波及効果を与えると期待されています。学習会では、多機能性幹細胞(ES細胞やiPS細胞など)の利用やクローン作製、臓器培養などの医療技術を紹介しながら、再生医療の現状とその展望を見すえます。

今回の学習会は、報告者から報告をした上で、参加者全員で議論する予定です。そのため、参加者は指定された文献を事前に読んでくる必要は特にありません。奮っての参加をお願いします。


テーマ:再生医療について
日時:1月10日()18:30〜

場所:学生会館ロビー
【※場所が変更になりましたので、ご注意下さい。なお、ロビーでは他のサークルも活動していますので、「現代社会研究会」と書かれた、机上の黄色の紙を目印にしてください。】

〇参加費:無料

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 現社研では新入会員を随時募集しております。一年生の方や、初めてこのブログを読んで関心を持った方など、ご自由にご参加ください。当サークルの日頃の活動の雰囲気を知りたいという方の飛び入り参加も大歓迎です。事前の登録等も必要ありません。途中入退出も自由です。お気軽に、学習会の会場(「学生会館ロビー」)にお越しください。なお、会場である「学生会館ロビー」の場所がわからない場合には現社研のホームページ上にある連絡先にメールをしていただきますよう、お願いします。

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【文責:飯島】

2012年12月13日木曜日

次回の読書会は12月20日(木曜日)です。


現社研の皆さん、駒場祭企画では、お疲れ様でした。

次回の読書会のお知らせをします。下記のとおりです。
 
●日時:12月20日(木曜日)18時30分〜

●場所:キャンパスプラザB312(現社研の部室)

●テキスト:橋川文三「昭和維新試論(抜粋)」(中島岳志編『橋川文三セレクション』所収 岩波現代文庫 2011年)
●趣旨:

テキストである「昭和維新試論(抜粋)」は、単行本として出された『昭和維新試論』(朝日新聞社)の冒頭部分の抜粋になります。

ナショナリズムの水脈を探る――なぜ人はナショナリズムに走るのか?」という問題意識にて、上記の読書会をおこないます。わたしは、この読書会によって、日本のナショナリズムを解剖するまでに至ることができるかどうか、自信があるとまでは言い切れません。ただ、ひとつ言えることは、上記のテキストの読解を通じて、「渥美勝」という無名の一右翼人の生涯を俎上に載せつつ、昭和期ナショナリズムに少しでも肉薄することができるのではないか、という淡い期待があるということです。 

つまり、橋川文三(1922-1983)は、このテキストにて、「渥美勝」というナショナリストの内面世界や心象風景(それは、日露戦争後の青年の心に広がった不安と疎外感を素地とするものですが)を描き出し、昭和期ナショナリズムの特異性を浮かび上がらせることに、ある一定程度成功したのではないか。同時に、日本のナショナリズムの現代性の一側面をも言い当てたのではないか。この現代性ゆえに、近頃増幅する日本の「領土」ナショナリズムや排外主義に対する分析にも役立つのではないか。そう、わたしは期待するのです。

<現代日本社会に徘徊する内なる「渥美勝」を照射することで、わたし達の内面に巣食う「渥美勝」をあぶり出す>。確かに、「内なる」云々という表現自体が言い古されたものでもありますし、現代社会に生きるわたし達と「渥美勝」との半ば絶対的な距離も感じないわけではありません。ただ、わたしは、ナショナリズムの外部からナショナリズムを指弾することを否定するつもりはありませんが、現代ナショナリズムに対して内在的な批評を加える作業も無意味ではないと考えます。
 
そのような趣旨で、分量は55ページと少なめですが、あえてこのテキストを選びました。

次回が今年最後の読書会になります。年末の忙しい時期かと思いますが、ぜひご参集ください。よろしくお願いします。
 
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現社研では新入会員を募集しております。このホームページを見て関心を持った方など、現社研の学習会や読書会などの活動にご自由にご参加ください。当サークルの日頃の活動の雰囲気を知りたいという方の飛び入り参加も大歓迎です。事前の登録等も必要ありません。途中入退出も自由です。お気軽に現社研の部室にお越しください。なお、現社研の部室の場所がわからない場合には現社研のホームページにある連絡先にメールしていただきますよう、お願いします。
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(文責:飯島)

2012年11月20日火曜日

現社研の駒場祭企画は1号館150教室でおこないます


(直前の告知で申し訳ありません――飯島)
 
9月の現社研秋合宿から学習を続けてきました「安楽死問題」は駒場祭にて集大成ということになります。これまでの学習成果を発表する趣旨で、パネル展示&冊子配布として「安楽死と向きあう」という企画を実施します(すでに、現社研のホームページにてアップしておりますので、そちらもあわせてご覧下さい)。

現代社会に生きるとは?「安楽死」と「尊厳死」の違いとは?海外での「安楽死」の議論って?自己決定権とは?あなたは、どう生き、どう死にたいですか?その答えを探しに、現社研の展示に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

日時・場所は下記となります。このブログをご覧になって現社研の日頃の活動に興味をもたれた方など、ぜひご来場ください。現社研の会員がお待ちしております(入場無料)。
 
●日時:11月23日(金・祝)〜25日(日)

    9時00分〜18時00分
         (最終日は17時00分まで)

●場所:東京大学駒場キャンパス1号館150教室
         (2階・時計台のある建物)

11月7日(水曜日)の学習会はお疲れ様でした


(ブログのアップが滞ってしまっていて、申し訳ありません。大変遅くなりましたが、11月7日の学習会の模様をアップします――飯島)
 
現代社会研究会(現社研)の皆様、117日(水曜日)の学習会はお疲れ様でした。特に、報告者の方はご苦労様でした。新入会員による今回の報告は、英字の文献にまで丹念にあたるなど、入念な準備がなされており、大いに勉強となりました。

今回の学習会では、「オランダに見る安楽死――死の自己決定権の帰結」と題して、「安楽死のできる国」として知られる、安楽死“先進国”・オランダの実例を学ぶことで、日本での安楽死の是非をあらためて考える報告がなされました。オランダは、世界に先駆けて、2001年にいわゆる安楽死法を成立させ、安楽死を刑法上合法化しました。報告では、安楽死法制定に至るまでの過程を追いつつ、安楽死法制定後の課題を浮かびあげつつ、オランダではなぜ「死ぬ権利」が定着していったのか、その文化的背景にまで言及がなされました。

オランダにおける安楽死合法化運動の歴史が報告者から詳細に報告されましたが、ここで簡単に触れてみます。その歴史は、1973年のポストマ事件判決にまでさかのぼります。この事件は、女医であるポストマ氏が、脳溢血のため半身マヒ状態にあった87歳の母親に請われ安楽死させ、嘱託殺人で起訴されたものです。この裁判は、オランダ国内で「安楽死の是非」を問う国民的論議に発展したことで知られています。結局裁判は、患者の死期を早めても、患者の苦痛をとるための鎮痛剤投与は容認さえるという立場を取りました(1年の執行猶予付き禁固刑1週間という象徴刑)。裁判所はその要件として、①患者は不治の病にある。②耐え難い苦痛がある。③患者は死にたいと希望している。④実施するのは医師で、他の医師と相談した、という四つを示しました。

この事件でポストマ氏を支持した患者グループや法律家、医師らを中心に「自発的安楽死協会」が設立され、政界では安楽死合法化を主導する新政党「民主66」が伸張。80年代には、スコーンハイム事件で国内世論は沸騰し、安楽死容認が大きな流れとなります。

この事件は、開業医スコーンハイム氏が、安楽死を求めるリビング・ウィルにサインしていた95歳の女性患者を安楽死させたとして嘱託殺人で起訴されたものです。結局、スコーンハイム氏は無罪となりますが、その無罪判決はオランダ刑法40条が定める「不可抗力によって罪を犯した者は処罰されない」を根拠とされました。ここで、王立医師会が「患者の自決権」をもとに「無益な延命治療の自粛」を打ち出し、結果として90年に政府と王立医師会が安楽死届出制を開始します。

この制度により、医師は安楽死を行なった後、20項目の質問に答える報告書を提出する仕組みが定着します。このような安楽死容認の動きを背景としつつ、94年シャボット事件判決が下されます。最高裁は自殺未遂を繰り返した50歳の女性を安楽死させた精神科医シャボット氏に対して有罪だが刑罰は科さないと判決。この女性は肉体的には全く健康でした。この裁判で、精神的苦痛であっても安楽死要件を構成する苦痛足り得ることが判示されます。このような経緯のもと、2001年の安楽死法案の可決に至るわけです。

一連の法制化の動きを追うなかで、「安楽死はどの国でも水面下で行われている。我々は透明な制度を作ろうではないか」という、時のオランダ首相の言葉が事態の推移を象徴的にあらわしているように思われてきます。それは、麻薬や売春を合法化しているオランダの“国風”をあらわしていると言えるかもしれません。つまり、これまで密室のなかで非合法でなされてきた「安楽死」殺人を条件付きで一定程度合法化することで、第三者の人間からも目に見える形にガラス張りし、安楽死行為全体をチェック可能にして、これまで“闇”のなかで無軌道に行われてきた「安楽死」行為を防ぐという、制度化のメリットの享受をめざす“国風”を、です。

ただし、そこには様々な課題も浮き彫りとなっています。難病をかかえた新生児の安楽死(ハンスとジェニー事件)や、認知症の老人の安楽死(ヘンク事件)に象徴されるような、自己決定権がどこまで認められるのか、その線引きをめぐる課題です。それは、「意味ある生」とは何かという問いにも結びつきます。さらに、重度の障害者、昏睡状態の患者、重度の精神遅滞患者の生命終結を承認する道への第一歩になりかねない、という<滑りやすい坂道論>にまで発展するでしょう。

報告後の議論では、オランダのコーヘン医師による「安楽死の制度化4要件」も話題となりました。すなわち、オランダで安楽死が合法化される理由として、①誰もが公平に高度な治療が受けられる医療・福祉制度、②腐敗がなく信頼度の高い医療、③個人主義の徹底、④教育の普及、という四要件が存在しているという点です。この理由から、個人の尊厳よりも家族の意向が尊重される日本では、安楽死法をオランダから輸入することは不可能だ。9割の老人が独り暮らしで、掛かりつけ医が整備されている、「自由と寛容」の国・オランダでこそ安楽死法が可能なのだ、と結論づける見方もあります。特に、わたしは「個人主義の徹底」への自信には驚かされます。仮に患者の自己決定権は環境に左右されるものだとしたら、その「環境」をめぐる日本とオランダの違いに注目せざるをえません。「自由な国・オランダ」と「不自由な国・日本」などいうような見方は図式的に過ぎるでしょうが、文化的背景にまで思い至る次第です。

以上、学習会の模様を(少々長くなりましたが)概括してみました。

 
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(文責:飯島)