2012年11月20日火曜日

11月7日(水曜日)の学習会はお疲れ様でした


(ブログのアップが滞ってしまっていて、申し訳ありません。大変遅くなりましたが、11月7日の学習会の模様をアップします――飯島)
 
現代社会研究会(現社研)の皆様、117日(水曜日)の学習会はお疲れ様でした。特に、報告者の方はご苦労様でした。新入会員による今回の報告は、英字の文献にまで丹念にあたるなど、入念な準備がなされており、大いに勉強となりました。

今回の学習会では、「オランダに見る安楽死――死の自己決定権の帰結」と題して、「安楽死のできる国」として知られる、安楽死“先進国”・オランダの実例を学ぶことで、日本での安楽死の是非をあらためて考える報告がなされました。オランダは、世界に先駆けて、2001年にいわゆる安楽死法を成立させ、安楽死を刑法上合法化しました。報告では、安楽死法制定に至るまでの過程を追いつつ、安楽死法制定後の課題を浮かびあげつつ、オランダではなぜ「死ぬ権利」が定着していったのか、その文化的背景にまで言及がなされました。

オランダにおける安楽死合法化運動の歴史が報告者から詳細に報告されましたが、ここで簡単に触れてみます。その歴史は、1973年のポストマ事件判決にまでさかのぼります。この事件は、女医であるポストマ氏が、脳溢血のため半身マヒ状態にあった87歳の母親に請われ安楽死させ、嘱託殺人で起訴されたものです。この裁判は、オランダ国内で「安楽死の是非」を問う国民的論議に発展したことで知られています。結局裁判は、患者の死期を早めても、患者の苦痛をとるための鎮痛剤投与は容認さえるという立場を取りました(1年の執行猶予付き禁固刑1週間という象徴刑)。裁判所はその要件として、①患者は不治の病にある。②耐え難い苦痛がある。③患者は死にたいと希望している。④実施するのは医師で、他の医師と相談した、という四つを示しました。

この事件でポストマ氏を支持した患者グループや法律家、医師らを中心に「自発的安楽死協会」が設立され、政界では安楽死合法化を主導する新政党「民主66」が伸張。80年代には、スコーンハイム事件で国内世論は沸騰し、安楽死容認が大きな流れとなります。

この事件は、開業医スコーンハイム氏が、安楽死を求めるリビング・ウィルにサインしていた95歳の女性患者を安楽死させたとして嘱託殺人で起訴されたものです。結局、スコーンハイム氏は無罪となりますが、その無罪判決はオランダ刑法40条が定める「不可抗力によって罪を犯した者は処罰されない」を根拠とされました。ここで、王立医師会が「患者の自決権」をもとに「無益な延命治療の自粛」を打ち出し、結果として90年に政府と王立医師会が安楽死届出制を開始します。

この制度により、医師は安楽死を行なった後、20項目の質問に答える報告書を提出する仕組みが定着します。このような安楽死容認の動きを背景としつつ、94年シャボット事件判決が下されます。最高裁は自殺未遂を繰り返した50歳の女性を安楽死させた精神科医シャボット氏に対して有罪だが刑罰は科さないと判決。この女性は肉体的には全く健康でした。この裁判で、精神的苦痛であっても安楽死要件を構成する苦痛足り得ることが判示されます。このような経緯のもと、2001年の安楽死法案の可決に至るわけです。

一連の法制化の動きを追うなかで、「安楽死はどの国でも水面下で行われている。我々は透明な制度を作ろうではないか」という、時のオランダ首相の言葉が事態の推移を象徴的にあらわしているように思われてきます。それは、麻薬や売春を合法化しているオランダの“国風”をあらわしていると言えるかもしれません。つまり、これまで密室のなかで非合法でなされてきた「安楽死」殺人を条件付きで一定程度合法化することで、第三者の人間からも目に見える形にガラス張りし、安楽死行為全体をチェック可能にして、これまで“闇”のなかで無軌道に行われてきた「安楽死」行為を防ぐという、制度化のメリットの享受をめざす“国風”を、です。

ただし、そこには様々な課題も浮き彫りとなっています。難病をかかえた新生児の安楽死(ハンスとジェニー事件)や、認知症の老人の安楽死(ヘンク事件)に象徴されるような、自己決定権がどこまで認められるのか、その線引きをめぐる課題です。それは、「意味ある生」とは何かという問いにも結びつきます。さらに、重度の障害者、昏睡状態の患者、重度の精神遅滞患者の生命終結を承認する道への第一歩になりかねない、という<滑りやすい坂道論>にまで発展するでしょう。

報告後の議論では、オランダのコーヘン医師による「安楽死の制度化4要件」も話題となりました。すなわち、オランダで安楽死が合法化される理由として、①誰もが公平に高度な治療が受けられる医療・福祉制度、②腐敗がなく信頼度の高い医療、③個人主義の徹底、④教育の普及、という四要件が存在しているという点です。この理由から、個人の尊厳よりも家族の意向が尊重される日本では、安楽死法をオランダから輸入することは不可能だ。9割の老人が独り暮らしで、掛かりつけ医が整備されている、「自由と寛容」の国・オランダでこそ安楽死法が可能なのだ、と結論づける見方もあります。特に、わたしは「個人主義の徹底」への自信には驚かされます。仮に患者の自己決定権は環境に左右されるものだとしたら、その「環境」をめぐる日本とオランダの違いに注目せざるをえません。「自由な国・オランダ」と「不自由な国・日本」などいうような見方は図式的に過ぎるでしょうが、文化的背景にまで思い至る次第です。

以上、学習会の模様を(少々長くなりましたが)概括してみました。

 
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(文責:飯島)