2016年5月4日水曜日

学習会「シリア内戦終了後の中東」報告(2016年4月27日実施)

 TOSMOSでは2016年4月27日(水曜日)に学習会(シリア内戦終了後の中東――次のリスクとしてのトルコ内戦)を実施しました。以下、その報告の要約を試みます。  

 はじめに、TOSMOSの会員でもある報告者は、まずシリア内戦の終結が間近に迫っているとの認識を示し、内戦終結後の中東情勢をクルド勢力の動向を中心に、シリア、イラク、リビア、サウジアラビア、トルコなどの関係各国の内情に目を配りつつ、IS(ダーイッシュ、イスラム国)の脅威が消えたのちの中東の安定化の可能性を見定めることを報告の目的として設定しました。

 同時に、シリアのクルド自治政府が連邦制の施行を宣言(2016年2月初旬)するなか、トルコのエルドアン政権がクルディスタン労働者党(略称:PKK)との交渉を一方的に打ち切り軍事的解決に乗り出す事態にもなっています。そのことが「トルコ内戦」の危機を意味しているのだという指摘にもつながっていきます。  

 このように、総じて当日の報告は、中東におけるクルド人勢力の伸張と、シリア内戦の間近に迫った終結と、さらにトルコ内戦化の危機を見通した内容になっていました。

  まず、報告者はシリアの国内情勢に絡んで、自由シリア軍などの、シリアの「反体制派」の信頼性が失墜している事実に触れます。この間、欧米メディアは「反アサド」の情報ならなんでもよいと、「反体制派」寄りの姿勢をとってきました。しかし、ここにきて、「反体制派」の政治的素質に疑問符がつきつつあります。在英組織「シリア人権監視団」や亡命シリア人グループ「ラッカは静かに虐殺されている」(略称:RBSS)などの活動は、ISの没落以後、PKKのネガティブキャンペーンに終始しており、国際社会での信頼をじきに喪失するだろうと報告者は予測します。

 そして、報告者はISの介入によるリビア内戦の激化についても疑問符をつけます。そもそもISの資金源がイラクやシリアの国庫からの流用に依存していましたが、クルド人民防衛隊(略称:YPG)勢力の拡張によって、やせ細っています。現在、リビアでは国連主導の和平交渉が準備されており、これが流産することがなければ、リビアでのISの居場所は失われるであろうと予測します。

  さらに、イラクでは、IS掃討が進んでいるものの、アバディ内閣の政治力の弱体化や、イスラム主義政治指導者のムクタダ・サドルの巻き返しなどがあり、イラク国民の統合までには至っていません。報告者は、仮にIS掃討が成功しても、各政治勢力が分立するイラクにおいて、その後も試練は続くとみています。イラクが国家として一体性を保ちつつ、地方の独立性も担保するには、連邦制がより現実的ではないかと報告者は問います。

  一方、サウジアラビアはどうでしょうか。近年、サウジアラビアは、イエメンへの介入失敗に象徴されるように国際社会からの信頼が失墜しつつあります。さらに、2015年10月にIMFから5年以内に資産準備消失の予測を受けています。ISの外国人傭兵に占めるサウジアラビア人の割合が高いだけに、サウジアラビアの国庫消失はイスラム主義による国際テロ組織の弱体化につながるでしょう。
 
  他方、トルコでは、イスラム主義者による有力なテロ組織も確認されず、これまで比較的安全とされてきました。しかし、昨年からテロが報じられるようになり、治安の悪化が指摘されています。トルコが「次の動乱の中心」になるとの見方もされています。経済の低迷に喘ぐエルドアン政権は国内政治の困難を回避するために、PKKを挑発する挙に出ています。また、クルド系政党への選挙妨害もおこなわれています。そのため、クルド人の多いトルコ・アナトリア南東部の各地では、トルコ政府側の横暴に対して抗議運動が起こりましたが、これに対して、トルコ政府は外出禁止令で応えました。

 また、トルコに関係する懸念として、ISに関係したイスラム主義者のトルコへの流入もあります。彼らは対クルド対策のための傭兵として投入されていると考えられます。これは、トルコ内戦への予兆として注目されます。エルドアン政権はトルコ国内のクルド人を激しく弾圧する一方で、ISに対しては穏健的な態度をとっていることは、「エルドアンはISの味方だ」という国際社会の世論づくりを後押しする形になっています。トルコ軍や治安当局による、クルド人への弾圧の苛烈さを示す映像や画像がじわじわと増えており、トルコ当局に対する国際社会の不信が広がっています。逆にいえば、在トルコ・クルド人の、国際社会における政治的な正当性が高まっているといえるでしょう。

  最後に中東情勢全般を見てみましょう。中東が「混沌化」するのは、中東の問題の根源を理論的に分析し、その解決のために実践的に取り組む勢力が見当たらないからだと、報告者は指摘します。そして、報告者は中東の混沌を「かつての中国」と重ね合わせます。すなわち、辛亥革命後の軍閥が割拠していた頃の中国を連想するのです。中国には毛沢東という、最終的に戦乱を終わらせた“赤い星”がいました。翻って、現在の中東には「毛沢東」に該当する“星”は存在するのでしょうか。

  報告者は、数少ない「中東の希望」として、クルド人の手による、世俗化を通じた民主化運動に希望を託します。つまり、今後の中東で最も可能性が高く、かつ中東情勢を再編させる出来事として、クルド人(クルディスタン)の独立が挙げられるのです。しかし同時に、報告者はアラブ人自身もまた変わる必要があることも付け加えます。具体的には、PKKの指導者オジャランが唱えている「民主的連邦制」です。これが「中東民主化のモデル」として、クルド人のみならず広くアラブ人の間にも波及していくのかどうか、注視していきたいところです。その点も報告者がクルド人勢力の伸張に期待する理由となっています。

  以上、私(飯島)が理解した学習会当日の報告の概要になります。私は中東情勢を理解することの難しさを痛感しているところですが、中東各地に散らばるクルド人勢力の動向(独立運動)を軸に中東情勢を切り込むならば、意外に簡潔に情勢分析ができるのではないかと思いました。もちろん、クルド人の独立に大いに期待したところですが、今後もクルド人を先頭にした中東のさらなる民主化が期待できるだけに、私たち日本人にもクルド人国家成立後の中東情勢のなかでいかに振る舞うかが問われているのではないでしょうか。報告者は中東情勢を引き続きウオッチしていくとのことですので、報告者の今後の研究をTOSMOS全体としてサポートしていきたいと思います。

【文責:飯島】